熊本県玉名市は、有明海に面したのどかな田園地帯。晴れていれば、海のむこうに雲仙岳を臨むことができる、風光明媚な土地である。もともとこの地はみかん栽培で有名なところ。私たちが訪ねた11月上旬には、収穫を目前に控えたみかんが、山の斜面を鮮やかに彩っていた。
田畑三次郎さんは、秋から春にかけて、長なすを送り出してくれる生産者だ。
アクがなく、りんごのような爽やかな香りがして、味わいのあるなすは、多くの方からご好評をいただいている。深い色合いの皮は、しっかりとハリがあってつややか。日持ちがいい。緻密な果肉は油をあまり吸わず、加熱した果肉はとろけるような食感だ。
「今年は9月3日に定植して、10月後半から収穫を始めました」
田畑さんの長なすは10月後半から翌年6月いっぱい、9か月もの間収穫を続けるが、はじめから終わりまで品質のブレがない。形も味も食感も衰えず、最後まで最高のなすであり続ける。普通はありえないことだ。
どんな技を駆使しているのですか?と質問すると、「いやぁ、特別なことはなんも...」とはにかみながら答えてくれる。田畑さんは多くは語らないが、作物に対する気配りが非常に細やかな方。それは、よく草取りされ、成長が揃った苗を見れば明らかだ。
ふと地面を見ると、苗の根元のマルチの色が左右で違っていることに気づく。あまり見かけない光景に、理由をたずねると、
「黒は熱を吸収しやすいので、朝日を浴びるほうに向けています。白は熱を反射させるので、西日が当たるほう。朝は早く土を暖かくし、夜は暖めすぎないようにするのが目的です」と田畑さん。とても細かいことだが、そういう気配りがおいしいなすを育てるのだろう。
「栽培の序盤は、なすの樹づくりに重点を置いています。長い期間働いてくれるものですから、はじめが肝心。根をしっかり生やすように育てます」
なすの栽培では、畑を深く耕して、直根を下に長く育てるのが一般的な方法だ。しかし田畑さんは表面15センチほどしか耕さず、根を横に広げるように育てている。すると毛細血管のような細い根がびっしり生え、土中から絞り上げるように栄養を集めてくる。このような育ち方をする作物は、甘味が強くなるという。
「肥料は有機質を微生物で発酵させ、電子を補ったものを使っています。土壌の微生物を増やす働きがあって、作物が本来もつ、病害虫に抵抗する力を引き出します。こういう土作りをしていると、連作障害も起きなくなるんですよ」
高価だが、農薬を極力抑えるにはこの肥料がいいと採用している。
「今年からはさらに、一部の冠水用の水に電子イオン水を導入しています。味が締まって甘味が増すとのこと。まだ結果はでていませんが、どんな違いが出るか楽しみです」
なすは水分が多い作物だけに、水の質も重要。良質の土、良質の水で健やかに育てるというのが、田畑さんのなすの基本だ。
絶品なすを栽培してくれる田畑さんだが、実は栽培歴は7年と、それほど長くはない。でもその品質の高さには、すでに多くの専門家が注目している。
「はじめの年は病気に見まわれ、コンテナ5杯分しか穫れませんでした。もともとは米農家だったので、ハウス栽培に関しては素人のようなもの。ようやく品質も収量も安定したのは4年目からです。はじめは余計なことばかりしていましたが、いまではなすの要求に応えるような、適切な栽培ができていると思います」
試行錯誤の日々を続け、地道に歩んできた栽培が、いまではしっかり実を結んでいる。
「これから長なすは最高においしくなる時期です。もともとなすは温暖な気候に向く植物ですが、冬に生育ぎりぎりの温度でゆっくりと育てると、味が乗っておいしくなるんですよ」
夏の長なすは開花から20日ちょっとで収穫を迎えるが、真冬は30日以上かけて、ゆっくりと成長する。
冬は暖房を炊かなくてはならないが、このあたり一帯は温泉地という土地柄、地温が高く、根が活発に成長するため、樹が丈夫に育つ。暖房費が抑えられ、環境への負担も少ない。
「せっかくなので、栄養や風味を逃さないように、水にさらさず食べてください。私は、生でスライスして酢味噌をつけて食べるのが最高だと思います」と田畑さん。
まだまだ長なすのお届けは続きます。どうぞご期待ください。
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