おいしさは、 未来へ受け継がれる

なまはげの故郷、雪の降りしきる秋田県男鹿市へ。
健菜倶楽部発足以来、お付き合いをしている生産者のひとり、
大越昇さんを訪ねました。

健菜倶楽部

「いい時期だからぜひ、来てください」
 そんなうれしいお誘いをいただき、健菜取材チームは秋田県男鹿市の大越昇さんを訪ねることになった。
 12月22日、秋田空港に降り立つと気温は5℃。
 健菜倶楽部発足から、20年来、おいしさを支えてくれている大越さんは、一緒にいて、なんとも居心地のよい空気をまとった人物で、いつも満面の笑顔で、私たちを家族のように迎えてくれる。
 空港で再会を喜びつつ、一路男鹿を目指す間は、空は晴れたり、曇ったり、雪が降ったり...。めまぐるしく変化する日本海側の冬の厳しさを、目の当たりにさせられるような天気だった。

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青大豆はなんとか順調

 大越さんの畑は、男鹿半島のつけ根、干拓地の大潟村内に大豆畑と田んぼ、その外に冬野菜のハウスがある。健菜青大豆の畑は10月20日ごろに刈り取りを終え、今は来年の土作りを静かに待つばかりだ。
 大越さんの青大豆は、豆そのものが味わい深く、甘みがあって香りがいい。きな粉に炒り豆、納豆、テンペと、さまざまな姿に加工されても、その風味を失わない強さがあるのだ。しかしそれも、収穫適期の一瞬を逃せば、すべて水の泡。ここぞというタイミングがあれば、たとえ夜でもライトを照らしながら収穫する。
「今年はえらく苦労しましてね。6月には30℃を超える高温、7月は長雨の日々。そのせいで病気や虫が出やすくて...」
 青大豆は味は逸品だが、病気や虫に弱い性質があって、栽培する人が少ない品種。それを安全安心を優先し、農薬を極力使わないで育てようというのだから、難易度はかなりのものとなる。
 事実、大越さんは、いままでに何度も、収穫できない憂き目にあっているが、それでも、このおいしさを守るため、健やかで丈夫な苗を育て、雑草からの虫を寄せ付けないよう防除して、水はけにはことさら気をつかって栽培する。

「毎年、手を尽くしても、なにかしら予測不能なことが起きて、順調な栽培とはなりませんね。だからと言って、必要以上に恐れることはない。もし失敗しても、来年はこうしようと常に考えながら、新たな気持ちで挑戦するんです」
 そう思えるのは、永田農法に取り組んでいるからこそだと大越さんは言う。どんな困難な状況も、来年のための肥やしにする。
 自然のすべてを受け入れて、農業に取り組むのが大越さんのやり方だ。その懐の深さに、名人の力量が垣間見えた。

寒さでますます旨くなる冬野菜

 冬野菜のハウスへ行くと、肉厚でエグミのないほうれん草、歯ごたえが軽く、香りのよい小松菜が、薄明るい冬の陽射しの下、淡く明るい色に育っていた。大越さんの冬野菜は、毎年大勢のファンが心待ちにしている季節の風物詩。すべて、健菜のためだけに作ってくれている野菜たちだ。
 極寒の中、雪でも降らない限りハウスの窓を開け放して栽培するので、ほうれん草なら一般の3倍、収穫までは3か月もの時間を要する。しかも作るのは1シーズン1回。回転率など考えず、とにかく味を高めて栽培する。
「じつは恥ずかしい話、私は昔、ほうれん草が苦手で食べられなかったんですよ。でも、永田農法で栽培した自分のほうれん草を食べて、『うまいなあ』と思うようになりました。我ながら、あまりの違いに驚きました」
 正直、採算は合わないのだが、このハウスはおいしさの頂点を目指したいという、大越さんの腕試しの場。その成果をメンバーの皆様に届けるのが楽しみの一つでもあるのだ。

大越流の永田農法、脈々と

「永田照喜治先生にはじめて会ったのは、20年以上前のこと。それから先生は、いつもヒントはくれても、答えを決して教えてはくれません。でもそのヒントで『気づく』ことができないと、永田農法は身につかない。私の農業は、先生の思想を骨に、自分の経験を肉づけして今の形になっているんですね」
 作物の生理や気候風土など、わずかな変化に敏感な人でないと、おいしさを極めるのは難しいだろう。大越さんの中には、永田農法の基本が詰まっていて、経験が積み重なるにつれて、どんどん進化している。

「うちは息子の一也が後を継いでくれているし、最近は孫の二人も『ぼくたちも継ぐんだから、じいじ、もっとがんばってよ』なんて言っています。幸せなことですね」大越さんの顔が自然とほころんでいる。
 祖父と父の背中を見て育つ孫二人は、きっとこの尊い仕事を守り続けてくれるだろう。大越家のおいしさは、これからもずっと続いていく。

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