健菜通信:今月の特集

どこまでおいしくなる?
パイナップル産地に吹く新風

2014年06月01日


国産パイナップルの品質が高まっている。
量から質へ。香りと味を堪能できるパイナップルへと。
石垣島から始まった新しい風は、沖縄本島にも吹き始めた。

 近年、国産パイナップルがおいしくなってきた。その先頭に立つのが健菜専属の生産者たちだ。そのスナックパインは、糖度20度以上にもなる。一方、果肉がクリーム色で、果汁が豊富なピーチパインは、部屋中が甘い芳香につつまれる。現在、沖縄パインの主要産地は石垣島だが、沖縄本島から生産者の仲間に加わろうとしている女性がいる。石垣智子さんだ。


ひとり草を刈る女性

 石垣智子さんの農園がある東村は、パイナップル生産量日本一の村だ。やんばる(山原)の森を切り拓いて、広大な農園が作られている。山の中腹にある石垣農園へと通じる道沿いにも、パイナップルの畝がどこまでも続く。
 しかし、取材に訪れた時には、それらの農園には人の気配はなかった。農作業をする人とは、まったく出会えない。
 やがて、目指す農園に到着。石垣さんは草刈りの最中だった。
「いつもは、あちらにもこちらにもオジイたちがいて、にぎやかなのですが、今は静かですね。作業が一段落して、みんなは農閑期です」
 けれど、石垣さんには、農閑期がない。収穫期の2カ月を除いて、毎月、草を刈るからだ。そのために、腱鞘炎にもなった。ひと畝の雑草を刈り終わると、頭がクラクラするという。
「それでも、草を刈るのは、わたしのこだわりかな」

 石垣さんが、ご両親から引き継いだ農園で、妹さんとパイナップルの栽培を始めたのは8年前。その時、「安心安全で、おいしいものを作ろう」と決めた。それから、いろいろな失敗もあった。台風で、2年がかりで育てた果実が全滅したこともある。
「やっと、いいものができるようになり、昨年は収益を出せました。ここまで来られたのは、パイナップルが大好きだから」


「おいしい」と言われたい

 もし石垣さんが、「安全とおいしさ」にこだわらなければ、失敗のいくつかは防げたかもしれない。
 もともと東村はパイナップルの栽培適地だ。亜熱帯の気候もさることながら、国頭マージとよばれる、酸性で保水性がない赤土は、ほかの作物栽培は困難だが、パイナップル栽培には最適な土壌だ。

 だから、一帯にはパイナップル畑が作られ、大量に生産できる品種と栽培法も広まっている。ただし、栽培されてきたのは、ほとんどが加工用だ。砂糖液に漬ける缶詰の原料は、香りも糖度も問われない。コストを抑えて、大玉になる品種を栽培する。
 けれどそれでは、今や、廉価な海外産に圧されるばかりだ。
 危機感を持つ生産者は、すでに量から質への転換をし、スナックパインやピーチパインなどの品種を栽培している。健菜生産者の先輩のように、品質の高みを目指す者もいる。石垣さんは言う。
「わたしも高みを目指したい」


背を伸ばせばコーラルブルーの海

 石垣さんは勉強熱心だ。「どんな果実を会員は求めているのか」と健菜の生産担当者の声に耳を傾ける。農業試験場などの勉強会も欠かさない。疑問があると、高い技術を持つ生産者に助言を求め、それを工夫しながら実行する。
 周囲から「コストが合わない」と心配されながら、安定した品質を追求するために、風よけ・雨よけハウスも建てた。
 パイナップルは定植から収穫まで2年近くかかる。その間、一般栽培では除草剤を含めた農薬が15〜20回も使われるが、石垣さんは2〜3回。肥料の量も減らす特別栽培をめざしている。そうやって根と幹を健康にたくましく育てれば、実の完熟がしっかり待てる。
 収穫後に追熟することがないパイナップルは、農地でぎりぎりまで完熟させることが、香りとおいしさの決め手になる。だから、石垣さんは、即日、空輸便に乗せられるように、早朝に収穫し、一個一個エアーで汚れをとり去り、傷つかないように箱に詰めていく。その石垣さんのパイナップルがお届けできるのは7月だ。

 取材の最後に、もっともうれしいのはどんな時かと聞いた。
「草刈りを終え、『やった!』と実感する時。背筋を伸ばすと、景色がきれいで、気持ちがいい」
 石垣さんの視線の先には、コーラルブルーの太平洋が広がっている。美しい海だ。

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