駿河シャモの産地を訪ねて 健やかに育てる。 この原則がおいしさの土台


駿河シャモは、生産者5人たらずの希少な地鶏。中でも健菜が頒布でお届けしている杉山雅文さんの地鶏の味はすばらしい。その養鶏場を訪ねた。

 静岡県を流れる安倍川は、水量豊かな清流だ。標高2000メートルの南アルプス大谷嶺に水源をもち、険しい山地から急勾配で駿河湾へと流れ下る。
 駿河シャモの養鶏場は、その安倍川上流域の山里にある。眼下には、茶畑がひろがり、背後を見上げれば、いつまでも残雪が消えない山塊が見える。
 取材に訪れたのは3月下旬。太陽の光は強く明るいが、空気は凛として冷たく、澄んでいた。

 聞こえるのは風の音。その音をさえぎるのは、鶏特有の甲高い鳴き声だ。「コケコッコー」の声が山間に響きわたる。
「ふ化して100日を過ぎると、オスはあの鳴き声を出すようになる。食べ頃が近づいてきた合図ですね」
 そう言いながら、杉山雅文さんは、養鶏場の扉を開けた。
 駿河シャモは、軍鶏であるにもかかわらず大人しい。カメラマンが鶏舎に入っても騒がず、静かに遠ざかっていく。その中の一羽を杉山さんは、指差した。
「毛艶もいいし、おしりの張りも十分。おいしそうでしょう。今週末には、健菜のお客様向けに出荷します」
 杉山さんは、一羽ずつ食べ頃を見分けて出荷している。

おいしさの基本原則

 駿河シャモは、静岡県中小家畜試験場で育種された地鶏である。杉山さんは13年前に会社員を辞めて、養鶏家になった。
「私は、駿河シャモ以外の養鶏には興味はなかった。この鶏肉にかけてみようと思ったんです」
 駿河シャモに惹かれた理由はいくつかある。たとえば生産者が少なく、販路も未開拓であること。飼育方法が確立されていないこと。何よりも、そのおいしさが、杉山さんの挑戦魂に火をつけた。

 そもそも駿河シャモは、名古屋コーチン、比内鶏、土佐九斤など7種をかけあわせて生まれた地鶏である。その育種では、旨さと肉質の良さがひたすら追求された。その品質を守るため、飼育方法にも厳しいルールがある。その上で、杉山さんは食味を高める工夫を重ねてきた。
「おいしさの土台は、えさと水、適度に運動ができて、リラックスできること。それに、風通しと太陽だと思う」
 おいしさの基本原則は、野菜と共通だ。
 駿河シャモに与えるのは、植物性の飼料に、免疫力を高める効果がある緑茶粉末を混ぜたえさ。水はミネラル豊かな天然水だ。周囲は自然に恵まれている。

 鶏舎には早朝から光がたっぷりと降り注ぎ、しかも西日が照らないので、のびやかな鶏舎で動き回っていた鶏が早々に眠りにつく。そして、真夏でも涼しい風が通り抜けていく。
 鶏舎の床は、砂とおがくずを混ぜ、常に乾燥状態を保っている。するとシャモは砂を浴びて遊び、くぼみを掘ってそこで丸くなり、リラックスするという。
 ストレスを与えず、シャモをのびやかに育てている。それが肉をおいしくする。

地鶏の中の地鶏

 やがて、地鶏が食用鶏肉に占める割合は1%程度にすぎないという話題になった。地鶏には日本農林規格(JAS)が定める条件がある。在来種由来の血統が50%以上であること。ふ化から80日以上飼育していること。鶏が地面を歩け、1平方メートル当たり、10羽以下の環境で飼育することなどだ。
 駿河シャモの基準はそれよりはるかに厳しい。例えば、飼育期間はブロイラーの2倍以上で、オスは120日、メスは150日。ゆっくりと育て、月齢とともに増えていくイノシン酸やグルタミン酸といった旨み成分がピークになるのを待つ。

 つまり、効率がすこぶる悪い。そのため生産者は全く増えず、希少な肉になっている。
「そのかわり、他のどんな地鶏と食べ比べても、うちのシャモの旨さは圧倒的だと思う」
 杉山さんはこうも言う。
「育種の血統も大切だし、飼育基準を守るのは当然だけれど、どう育てるかで味は決まる」
 では、杉山さんのシャモはどんな肉なのだろう。
 多くの人が驚くのが、その旨みの濃さだ。この肉を食べていると、他の鶏肉が物足りなくなってしまう。
 運動しながら育つので、肉は赤身をおびて、脂肪が少ない。弾力に富んだ肉は、肉汁を中にしっかりと閉じ込めている。一方、肉と皮の間の脂肪はあっさりしていて香ばしい。
 胸肉に、もも肉同様の旨みがあるから、唐揚げは胸肉で十分だ。水炊きなどにすると、出汁の旨みを堪能できる。
「塩などであっさりと味をつけて、肉そのものの味を楽しんで欲しい」
 杉山さんは言う。
「うちのシャモは、おいしさだけでお客さんとつながっている」
 駿河シャモは、簡単に店で買うことはできないし、好みの部位だけを選ぶこともできない。価格も安くはない。それでも、駿河シャモを選んでくれるのは、おいしさゆえだ。
「私の養鶏は、コストを優先しようとすると成り立ちません。それを、理解してくれる健菜のお客さんは、ありがたい存在です。だからこそ品質で裏切るようなことがあってはいけないと思っています」
 その味は、ぜひ、お試しいただきたいおいしさです。

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