カリフォルニアでネクタリンに出会って以来40余年、その栽培と普及に尽くしてきた。
その果実のおいしさはこれまでのイメージをくつがえす
はじめて丹沢隆さん(66歳)の農園を訪ねたのは7月中旬だった。収穫最盛期にはまだ早かったが、丹沢さんは試食用に2つのネクタリンを選び出した。
「ネクタリンは、皮をむいたら価値がありません」
果物の多くは、果皮と果肉の間の部分がもっともおいしい。「果皮が薄くてやわらかいネクタリンは、絶対に皮ごと食べてほしい」と念をおしながら、丹沢さんが四つ割りしてくれた果実にかぶりつく。
その途端、取材チームのみなが「おいしい!」と声をあげた。かねてから「素晴らしいネクタリンを作る人だ」と聞いてはいた。それでも、頭のすみに「ネクタリンはちょっと酸っぱい」というイメージがあったのだろう。その思い込みは、芳醇な香りを放つ果肉を口にした瞬時に吹き飛んだ。とにかくおいしい。
その甘さに驚いたのだ。糖度を計ってみると、1つめは17度、2つめは24度もあった。ちなみに、普通の白桃の糖度は15度くらい。果実の中でもっとも糖度が高いぶどうやマンゴーでも20度を超えるものは滅多にない。
どうしたら、こんな果実ができるのか。しかし、丹沢さんの答えは飄々としている。
「特別なことは何もしていません。基本に忠実なだけです」
丹沢さんは、定年退職まで山梨県の果樹試験場や農業技術センターなどで果樹の研究、普及など農政に携わってきた。そして今は非常勤講師として大学で講義もしている果樹栽培の専門家だ。
その一方、ライフワークとして取り組んできたのがネクタリン栽培である。
そもそものきっかけは、40余年前のカリフォルニア農業研修だった。アメリカでは、産毛がある桃は加工用。生食されていたのは、そのままかじることができる毛がない桃、つまりネクタリンだった。20代前半だった丹沢さんは、そのネクタリンに魅了される。
「日本にも広めよう」
こう考えて、アメリカで育種された品種を日本で導入するように働きかけ、また、自分でも育種苗を持ち帰り、栽培をはじめたのだった。
15年後、山梨県でスウィートネクタリンと呼ばれる品種「黎明」「黎王」が誕生したときは、「いよいよネクタリンが広まる」と確信したという。スウィートネクタリンは酸味が少なく、甘みは十分で日本人好みの味だ。実際に、これを機ネクタリン栽培をはじめる生産者が増えた。
ところが、落とし穴があった。
ネクタリンは未熟であっても、赤く色づく。それに収穫の適期が短かく、熟した果実は、桃以上に傷つきやすい。このため、未熟なうちに収穫し、硬くて酸っぱいネクタリンばかりが店に並ぶようになった。おかげで、ネクタリンは評判を落とし、多くの生産者が栽培を止めてしまった。
丹沢さんは、無念だった。
しかし、それでもあきらめず、丹沢さんは、奥さんとともにネクタリン栽培を続けた。そして、「ネクタリンは、本当はこんなにおいしくなるのだ」と自分の果実を通して、静かにうったえてきたのだった。
「ここをネクタリン栽培の見本園にしたい」と丹沢さんは言う。
笛吹川に近く、ぶどうや桃の果樹園が連なる一画にある園地は、周囲とくらべると圧倒的にのびやかで、居心地がいい。
果樹は「開芯自然形」といわれる形に美しく整えられ、どの葉にも太陽の光がたっぷり注いでいる。健菜倶楽部の生産担当者は、枝の成長が止まって、すべての養分が果実に集中していることに感心しきりだった。葉の緑は薄いが艶やかで果樹の健やかさを物語っている。
「木と会話し、余計なことはしません」
そう言う丹沢さん。しかし、手間は惜しまない。
例えば、摘果は、果実の裏側に鏡を当てがいながら行うという細やかさ。これは、枝や果実を余計にいじって傷めることがないようにというだけでなく、一方からは見えない部分を鏡で確認しながら、もっともふさわしい果実だけを選んで木に残していくための工夫でもある。
収穫は何よりタイミングを重視する。
デリケートな果皮を守るために、丹沢さんは特注の袋をかけているが、その袋は、果実のお尻が見えるようになっている。ここから、1個ずつ中身の熟度をチェックして、収穫をしていく。
「これは、あと1日木にとどめよう。これはあと3日」と...。
だから、収穫のときは、脚立を上ったり降りたりの繰り返しになる。
果樹栽培の専門家としての知識、ネクタリンへの想い、そして丁寧な仕事の積み重ねが、食べた人を驚かす比類のないおいしさにつながっていく。
ネクタリンのイメージを変える逸品を、ぜひ、ご堪能ください。
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