健菜通信:今月の特集

里に響く笑い声とともに 深まる味覚の秋

2015年11月01日
齋藤瑠璃子さんが農園を継いだのは4年前だ。
母と二人三脚で栽培する作物は、健やかで元気がいい。
そのおいしさは、豊かな自然の中で育まれている。

クマに譲った栗林

 齋藤瑠璃子さんの農園は田沢湖の西側、秋田県仙北市西木町にある。仙北平野の最北端にあって、間近に深い森が迫る山裾の農園だ。取材に訪れたのは十月半ば。農園へ至る山越えの道は錦繍に彩られ、息をのむほどの絶景だった。
 豊かな自然に感動しつつ、栗林へと向かう。しかし...、
「ちょっと待って」
 栗林に入ろうとすると、瑠璃子さんの緊張した声に押しとどめられた。
「影がよぎったでしょう。クマかもしれない」
 この一帯ではクマに遭遇することが珍しくないらしい。ましてこの季節の栗林は、クマにとってはご馳走だらけの楽園だ。
「来るな、と言っても無理。もっと山の中にある栗林は収穫を諦めて、クマに譲りました」
 瑠璃子さんは朗らかに言う。
「太っ腹でしょう。でも本音は怖くて近づきたくないの」
 母の睦子さんがそう付け加えると、ふたりは明るい笑い声を立てた。
 急逝した父の後を継いで4年、瑠璃子さんは、睦子さんと二人三脚で齋藤農園を守ってきた。冗談を言い、明るく笑いあうことが農園の活力だ。

名人の木を守って

 ここで栽培しているのは、大粒の西明寺栗だ。300年前、飢饉対策のために、佐竹藩主が丹波(京都)と養老(美濃)から種を取り寄せ、栽培を奨励したのがその始まりだという。自然交配させながら、豪雪に負けないほど樹勢が強い木を選別していくうちに、名産栗が誕生した。
 夏は日中の気温が35度を超す日もある一方で、夜温はぐっと冷え込む盆地性の気候が栗のおいしさを高め、高い糖度を生んでいる。黄色みが濃い実はほくほくとした粉質で、渋皮が薄く煮崩れしにくいのが特徴だ。
栗の収穫は木をゆらして行うことが多いが、齋藤農園では樹上完熟したイガが自然落下するのを待つ。収穫後は冷蔵庫で1週間寝かせてから出荷する。
 

「収穫直後は表面に艶があって美しいけれど、うちは低温で寝かせて、味が熟成し糖度が高まってから出荷しています」栗名人のお父さんが残した栗の木は、毎年、良質な実をつける。けれど、それに甘えてはいられない。瑠璃子さんはきっぱり宣言する。
「『さすが齋藤農園の栗だね』という信頼を裏切らないように、踏ん張ります」

手間を惜しまない、長ねぎ栽培

 ところで、齋藤農園には、健菜倶楽部にとって欠かせない野菜が他にもある。その代表が長ねぎと原木しいたけだ。
 齋藤農園の長ねぎは、やわらかくて香りがいい。加熱するととろりととろけ、鍋料理の名脇役となる。「健菜倶楽部でも好評です」と伝えると、瑠璃子さんの顔色が輝いた。
「ほんとうですか。すごくうれしい」
 収穫まで何回も畝の土を寄せて盛り上げていく長ねぎ栽培は、手間がかかる。重い農機具の操作も必要だ。それを瑠璃子さんがひとりで行っている。除草剤を使わない畑は雑草も顔を出しているが、長ねぎは雑草に負けずにたくましく育っている。その長ねぎのおいしさは、瑠璃子さんの工夫と汗の結晶だ。

沢水を使う原木栽培

 一方、ナラの丸太(ほだ木)に種菌を植えて育てる原木しいたけの栽培管理は、睦子さんが行っている。経験30年以上のベテランだ。栽培のコツをたずねると、照れながら返事が返って来た。
「きめ細かい管理!(笑)。それと収穫のタイミング」
「お母さん、きれいな水のことも忘れないで」と瑠璃子さんが言い添える。
 使う水は、ブナの原生林に覆われた大石岳を流れ下ってきた沢水だ。睦子さんはハウス内を細かく見回り、温度や湿度の環境を整える。収穫は朝と夜の1日2回。傘の裏側の膜が張った状態を逃さないようにしている。
 かつては、他にも原木しいたけの生産者仲間がいたが、今は齋藤農園だけになってしまった。菌床栽培に比べると効率が悪いからだ。
「でも、天然に近いほうがいい。それを分かって食べてくれる人がいるから、栽培を続けてこられました。幸運ですね」と睦子さん。
 これから、秋がふけるのとともに長ねぎは糖度を増し、しいたけは肉厚になっていく。錦繍の里から届く秋の味覚をご堪能ください。

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