青森県弘前市は、日本一のりんご産地。9月に「つがる」など早生種の収穫が始まると町はにわかに活気を帯びる。りんごを積み込んだ軽トラックが市街地を走り回り、集荷場へと消えて行く。その賑やかさは、11月の「ふじ」の収穫期にピークを迎える。
けれど山下農園はいつ訪れても、静寂に包まれている。岩木山の南山麓の急斜面にあって、眼下に市街地を見下ろすことができる果樹園は、豊かな自然に囲まれたりんごの王国だ。
この山下農園と健菜倶楽部との付き合いは、25年以上になる。農園の魅力は、数え挙げればきりがない。りんごがおいしく育つ自然環境、適地としての条件は弘前屈指といえよう。
日照時間が長い上、昼夜の寒暖差が大きく、石がごろごろしている急斜面は水はけがいい。果樹園の上は森だから、環境面でも安心安全だ。
農園に入るとまず気がつくのは、圧倒的な明るさだ。除草剤をいっさい使わない園地は雑草でおおわれているが、それが光を浴びて緑色につやつやと光っている。
果樹と果樹の間は広くてのびやかだ。その並び方に規則性が見られず、勝手気ままに植えているのかと疑いたくなるほどだ。しかも樹形もいびつで、大胆に剪定されている。自由奔放にノコギリを使ったかのようだ。
「あはは、そんなことはないですよ」と山下和幸さんは笑った。
「どうしたら果樹が太陽の光をたっぷり浴びて、活発な光合成をしてくれるかを考えてきたら、こうなったのです」
山下さんは、丸くしなった細い枝を手にして、説明を続けた。
「見てください。根が吸い込んだ水分と養分が、まっすぐに枝先まで行き渡るように剪定をしています」
言われてみると、同じ枝に着いている果実のなかでも、先端の実がもっとも大きく充実している。養分がまんべんなく行き渡っているのだろう。いびつな樹形は自由に見えて、じつは緻密な計算の上でできた姿だった。
その養分は、果樹が必死で吸収したものだ。永田農法を実践してきた山下さんは、肥料をほとんど使わない。この農園は石ころがごろごろあり、土壌の層も厚くはない。樹の根は岩を抱くように地中で必死で伸びているのだった。
品質を高めるべくいろいろと試行してきた山下さんは、摘果をきびしく行い栽培する個数を絞る。りんごが赤く色づき始めると、毎日、1個ずつ玉回しをして、影になる部分を作らないようにしている。陽射しをさえぎる葉はクリップのような器具で留めていく。
最近は「葉とらずりんご」をうたう生産者もふえているが、山下さんは「葉とり」と「葉とらず」の真ん中をいく。葉をとるのは、りんごの果皮を赤く色付けるためだ。一方、葉をとらないのは、葉に光合成を盛んに行わせ、樹勢を高めるためだ。すると甘みも酸味も濃厚になってくれる。
だから、山下さんは余分な葉っぱだけを取り去り、多くの葉は残したままにしていく。そうやって美しく色づき、甘酸っぱい濃厚果汁があふれるりんごを育てていく。
「頭が痛いのは、ウサギやノネズミが、わがもの顔で走り回っていること」
そう言いながら山下さんが指差した果樹は、木の皮がぐるりとはがされていた。雪が積もっているときのノネズミの仕業だという。野生の動物は、安全な農園をよく知っているのだろう。
「だからといって、未熟な果実を収穫するわけにはいかない。毎年、気が抜けませんね」
今年の山下農園は、夏、干ばつ気味だったが、それがりんごには好条件となり、糖度が一段と高くなると予想されている。その果肉はシャキシャキとして歯応えがあり、ジューシーで、その果汁は酸味と甘みの両方が濃くてしっかり調和している。今年もこんな山下さんのりんごをご賞味いただけます。
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