北海道余市郡の中野農園を訪ねたのは6月30日。1週間後に、健菜トマトジュース用の収穫を始めるというタイミングだった。今年は、季節外れの低温と降雨が続き、北海道全域で農産物への影響が心配されていた。しかし、中野勇(64歳)さんは力強く話し始めた。
「最近の荒ぶる自然とどう付き合うか。正面から向き合って答えを見つけていくのが農業だと思う」
この日は勇さん、信子さん(64歳)、息子の勝さん(35歳)の親子二代3人が取材チームを待っていた。そしてハウスには永田農法の手本のようなトマトが実っていた。
黄金色に熟しつつあるトマトの実の肩に、深いグリーンベルトが浮かび上がっている。一般栽培の農園では見ることが出来ない姿だ。この緑の部分でもトマトは光合成を行い、自らの実を充実させていく。糖度は9度以上に達していると見て間違いない。雨続きで、水分管理が難しい日が続いたことを感じさせない、見事な出来映えだ。
父・勇さんは故・永田照喜治氏と出会い、トマト栽培を始めてから30年になる。永田氏は、余市湾を望む農園が風・土壌・日照など、理想的な自然条件を備えた土地である上、勇さんの真摯な人柄を見抜いたのだろう。最初から、だれも味わったことがない絶品ジュース向けにトマトを栽培することを勧めたのだった。
生食用の完熟トマトは、食卓に上る日を逆算して収穫するが、中野農園では、さらに長く樹にとどめ、完熟の極み、ぎりぎりの状態になるのを待つ。収穫量は半減する。そしてジュースの味を守るために、糖度9度以上という高いハードルを毎年、越え続けなければならない。他の生産者にはないプレッシャーだ。しかし、勇さんは言う。
「毎年が挑戦だから飽きることがない。この歳でそんな仕事があることは、幸せなことですよね」
そんな父を見ながら、勝さんは11年前に就農した。
「生産者は経験を積むにつれ、こんな作物をつくりたい!というイメージが形になっていくけれど、僕の場合は、初めから父のトマトという具体的な姿があった」と語る。
しかし、同じことを繰り返しているわけではない。水・肥料・農薬を極限まで抑えるという基本は変わらないが、農園の栽培管理はさらに細やかに、そして理路整然となった。かつては1カ月後のトマトの状態を予想して灌水していたが、今は10日後の姿が基本。葉面散布の技術を高めて、トマトの状態に即応できる栽培を可能にしている。
変化は他にもある。かつての収穫期は、連日、徹夜が続いていたが、「今は畑の心配をせずに休めます」と信子さん。トマト栽培に心惹かれて集まって来た若者が、手伝いに加わっているからだ。
「時間がなくてできなかったことも、今は若い人たちがやってくれます」と、ハウスの雨樋を指さしながら信子さんは笑う。
農園内に工房を建てて、ジュース加工も開始した。これまでは専門の加工場に委託していたが、今は、タイミングよくジュースにできる。特に健菜のジュースは、トマトを選りすぐり、収穫後、すぐに加工・瓶詰めする。その加工法にもこだわった。単純に過熱殺菌するのではなく、低温で煮込んでから120度のパイプに通して瞬間殺菌後に瓶詰めに。もちろん何も加えない。
「味を落とすことは許されません」と3人は口を揃える。
今年の出来はどうか。
この日、ハウスから持ち帰ったトマトをジューサーに掛けてみると、完熟前だというのに十分甘い。鮮烈な香りも旨みも申し分ない。今年も素晴らしいジュースがお届けできるはずだ。
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