健菜通信:今月の特集

異常気象に負けない! みかん山の生産者たち

2018年11月01日
健菜果実の定番、おいしい果物の代表でもある温州みかんの生産者を訪ねた。
農園では親から子へと栽培技術が伝えられ、進化していた。

 福岡県大牟田市の藤田農園を訪ねたのは昨年の12月。11月半ばから始まった温州みかんの収穫は、終盤を迎えていた。
 農園は、地元で「みかん山」と呼ばれている稲荷山の南斜面にある。油断するとどこまでも転げ落ちそうな急斜面に立つと、有明海を挟んで、勇壮な雲仙岳が見渡せる。足下に目を落とせば、大きな石がごろごろ。鮮やかな赤土だ。
「実がたくさん生っていた収穫前の写真を撮影してほしかったと、ですね」
 残念がるのは、藤田弘子さん(65歳)だ。この日は、ご主人の幸義さん(70歳)、息子の敏夫さん(42歳)の3人が出迎えてくれた。

栽培歴七十年の果樹園で

 一帯は、「上内みかん」の名で知られる温州みかんの名産地。最初の早生品種であり、温州みかんの中でも味の良さで定評がある宮川早生が誕生した土地だ。この地でみかんの栽培が始まった昭和10年代初頭、幸義さんの父も山を開墾して、宮川早生を植えたのだという。
 赤土で水はけがよく、適度な雨と日照に恵まれ、潮風が吹く農園は、みかん栽培には最高の環境だ。
「うちのみかんがおいしいのは、この土地のお陰ですね」と弘子さん。すると、幸義さんが、「それだけじゃないけれど......」と言葉を加えた。
 剪定、肥料の種類・やり方、摘花の大胆さや収穫のタイミングなど、幸義さんは周辺とは異なるこだわりを貫いてきた。果皮に菊の模様が浮かぶ「菊みかん」が多出することは、そのこだわりの結果の一つだ。菊模様は、水分が少なくて、小さな実に栄養が凝縮した時にだけ表われる。多収量を目的に、水と肥料をたっぷり与えて栽培していると表れない。
 水を控えるので、果樹にかかる負担は大きいのだが、幸義さんは、木の状態を見極めて手を掛け、健康を大切に保ってきた。だから、農園には樹齢六十年を超す老木が何本もある。ふつうは四十年程度が限界だといわれるが、幸義さんは「みかんの木の寿命は手入れ次第です」と断言する。
「若木より、老木のほうがみかんの味がよかですよ」
 幸義さんが示した老木には、弓なりになった細い枝の先に、菊みかんが生っていた。

農園の新しいステージ

 これまで、幸義さんの技術と恵まれた自然環境に支えられてきた藤田農園は、新しいステージを迎えている。
 じつは幸義さん、弘子さん夫婦は、高齢を理由に果樹栽培を止めることを真剣に検討していた。それに「待った」をかけたのは、会社勤めをしていた息子の敏夫さんだ。
「こんなにおいしいみかんが出来るのに、もったいない」
 そして、6年前、敏夫さんは会社を辞めて就農、農園の主力になった。
 子どもの頃から手伝ってきた農作業だが、いざ、就農してみると想像と異なり、戸惑うことも少なくなかった。それに、近年、頻繁に起こる異常気象にも対処しなければならない。

猛暑が続いたかと思うと、バケツをひっくり返したような雨がしばしば降るなど、父の幸義さんは経験したことがない天候不順の年が続いている。だから、父の技術を受け継ぐと同時に、敏夫さんは、葉面散布や土壌づくりに、新しい技術を取り入れているという。
「最初は効果があるかと半信半疑でしたが、息子の判断は正しかったですね」と弘子さん。
「頼もしい」と太鼓判を押すのは幸義さんだ。
 甘くて味が濃いとよろこばれてきた藤田農園のみかん。今年も、まもなく出荷します。

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