毎日食べ続けられるおいしさと 百年続く農業が目標

阿蘇山西麓に、未来の農業を担う、にんじんの生産者がいる。
広大な農地で大型機械を使いながら、自然循環型農業を実現していた。

 熊本県菊陽町は、にんじんの名産地だ。阿蘇山西麓の一帯は、水はけがよくて水もちが良い火山灰土壌「黒ボク」に覆われている。この土と阿蘇山から吹き下ろす寒風、そして強い太陽の光など、適地の自然条件に恵まれ、田園のほとんどでにんじんが栽培されてきた。
 本田亮希(42歳)さんは、菊陽町のにんじん生産者の中でも、もっとも研究熱心で熱い心をもつ一人だろう。
「安心安全は当たり前。人が野菜を食べるのは健康になることが目標なのだから、野菜自身が健康でなければいけないと思う」
そんな言葉から、取材は始まった。

畑の力は微生物次第

 農園を訪れたのは12月半ばの収穫の最盛期だ。しかし、広大な農地では、収穫と同時に、春にんじんの播種や苗づくり、緑肥の栽培、耕起など、様々な農作業が同時並行で進行していた。まるで北海道の農場のように、規模が大きい。
 本田さんが、公務員を辞めて、父の経営する農場に就農したのは15年前、27歳のときだ。その頃、父は、収穫量を増やすより、品質のよいものをつくろうと、農場の方針を切り替えつつあった。そこに本田さんが加わり、栽培方法の刷新にも拍車がかかったという。そして、研究し、試行錯誤しながら、今の栽培スタイルになった。

その基本は、「土の力を強めること」と本田さんは言う。
「野菜が、異常な気候に抵抗できるか否か、あるいは病害虫に勝てるか......。すべては畑、土の力にかかっています」
では、力がある土とはどんな土か。
「多様な微生物が棲みついている土です」
 微生物には良い菌も悪さをする菌もあるが、多様性に富んでいることが重要だ。
「根のまわりにたくさん微生物が棲んでいると、病害虫を寄せつけません。対処療法に過ぎない農薬を散布するより、この方がいい」
 だから、微生物の棲み処をつくることを意識して、土を耕している。プラウという特殊な機械で、地中70センチ、つまり、ふつうの2倍近い深さまで土を掘り起こし、酸素が土に行き渡るように砕土を繰り返す。結果、水はけのよい土の厚い層ができ、大雨でも水が土を通りぬけていく。
 この一帯は、1年に3〜4作が可能だが、本田農園では、にんじんは1作、もしくは2作だけ。収穫が終わった畑には、イネ科の植物(緑肥)を育て、残留している肥料分を吸収させた上で畑にすき込む。すると、その有機物をエサにして微生物が繁殖。さらに、空気中の窒素成分を固定するマメ科の緑肥も栽培し、化学肥料や牛フンなどの肥料に頼らずに、循環型の農業を目指している。

人の欲が野菜のまずさを招く

 「野菜のエグミや苦味の原因は、人間の欲ですよね」
 本田さんは、人がもっとたくさん収穫しよう、もっと早く収穫しようと欲をかくと、野菜はまずくなるという。肥料を与えすぎて、結局、作物が消化しきれない養分が硝酸態窒素となって野菜の中に残るのは、その典型だ。

 にんじんは品種によって、播種から収穫適期までの日数が決まっている。サイズだけ大きく育てて早く収穫すれば、おいしいわけがないのだが、そんな野菜が出回っているのが現実だ。
「うちは買ってくれる人が決まっていますから、おいしくない野菜を出荷するわけにはいきません」
 そう言い切る本田さんの目標は「百年続く農業」であり、「百年、毎日食べ続けても飽きない味」だ。

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