佐野農園の取材日は梅雨のまっただ中。「どうか、晴れるように」との願いも空しく、農園到着時には本格的な雨が降り始めた。しかも雨脚は瞬く間に強まり、取材を諦めかけたほどだが......。
「いいですよ。やりましょう」
佐野隆一さん(65歳)はそう言うと、ずぶ濡れになりながら撮影に協力してくれた。そして、農園を巡りながら、何回も口にしたのがこの言葉だ。
「見ていて、飽きるってことがありません」
例えば、標高650メートルの農園から見えるのは、北杜市が「山岳景観日本一」と誇る絶景だ。北を見れば八ヶ岳、西には南アルプスの山々、南は富士山までが見渡せる。「あの辺りが鳳凰三山、あちらが甲斐駒ヶ岳」と佐野さんは次々に名山を指差す。雨に霞んでいることが、もどかしい。
その一方、標高1000メートルにあり、赤松や雑木の森に囲まれた農園は、高原の別荘地そのものだ。やや謎めいた童話の世界のようにも見える。
そして、レタス畑のなんと美しいことだろう。濡れた葉がいきいきと輝いていた。葉のパッチワークのような畑もある。佐野さんの言葉どおり、「見飽きない景色」ばかりだった。
佐野さんは、玉レタス、サニーレタス、グリーンリーフ、ロメインレタスを中心に、キャベツやズッキーニなどを栽培している。その畑は、標高350〜1000メートルの間に点在し、大小170カ所もあるという。それぞれに自然条件が異なるが、それが農園の強みの一つだ。
例えば、1月に育苗を始めたレタスは、標高の低い畑に植え付けて、4月半ばに収穫をする。次に植え付けるのは、少し標高が高い畑だ。そして栽培地をだんだんと高地へと移し、
標高1000メートルでレタスを収穫するのは7月。
「だから品質が安定したものを長期間収穫できます」
はじめから畑が点在していたわけではない。じつは、佐野さんは農家の後継者ではなくて新規参入者。農業を学び、農協の普及員として勤務した後に独立。三十年前に法人を立ち上げ、「自分なりの農業をしたい」と野菜づくりに取り組んできた。当初は、好条件の農地を借りるのがむずかしかったが、次第に多くの農家から農地を託されるようになり、気候や地形、土壌の質に合わせて、きめ細かい栽培計画も可能になったという。
「でも、全てが計画通りに運んだ年はないですね」
最近は、想定外の豪雨や獣害などが計画を狂わせる。
「シカはネットである程度防げるけれど、サルは無理。花火で驚かせても、両手にレタスを抱えて逃げていきます」
笑いながら、佐野さんは言葉を続けた。
「計画通りにいかないのは困るけれど、農業とはそういうもの。自然が相手ですから」
最後に、早朝5時から収穫作業をしている畑を訪れた。数多くのスタッフが、一切の無駄なく動いていた。若い人が多くて、動作もダイナミックだ。この農園で「自分なりの農業を」との佐野さんの思いは、実現したのだろうか。
「私は、まず、安心安全で『おいしい』と言ってもらえる野菜がつくりたかった」と語った佐野さん。
「その目標は達成できていると思います」
一方、法人を立ち上げたときの、「365日24時間、休みなし状態から開放されたい」という目標はどうだろうか。
「全然、実現できません。諦めました!」
佐野さんは、それから、「ただし」と言葉を続けた。
「若いスタッフには、休みをなんとか確保しています。次世代に農業を引き継ぐためには、働き方も変えていかなければなりませんから」
野菜の品質を高めると同時に、働き方も変えていくことが、佐野さんの挑戦だ。
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