浜名湖北岸に広がる細江町に、澤田正敏さん(70歳)を訪ねたのは昨年の12月初め。白柳ネーブルだけでなく、温州みかんを生産している澤田さんは、みかんの収穫に追われている最中だった。 「今、写真を撮られるのは恥ずかしい。雑草を刈る時間がとれなくて......」 こちらが恐縮するほど、申し訳なさそうに話す澤田さんに案内された農園では、白柳ネーブルがたわわに実っていた。収穫まで2週間、樹上でゆっくりと完熟させている段階だ。 収穫する頃は、果皮や果肉の赤みがもっと濃くなるというが、まず、試食をすることに......。 クッとナイフを入れた瞬間、鮮烈なシトラス香がパッと広がる。二つ割りにすると、はじけるように果汁があふれ出した。さて、その味はどうだろう。
「甘い。でも酸っぱい!」が正直な感想だ。しかし、それは当然だ。ネーブルは収穫後、1カ月間保存して、酸味が落ちついてから出荷される。「この時期にこの味はいいですね」と健菜の生産担当者が太鼓判を押した。澤田さんは、他より長く樹上完熟を待つというが、その間に、糖度がさらに上がり、1月の出荷時期には、抜群の甘さになるはずだ。 その言葉に澤田さんの表情が和らいだ。
白柳ネーブルは、一九三〇年ごろ、ここ細江町で誕生した。もともとは、明治時代にアメリカから導入されたワシントンネーブルの枝変わりだ。農園主は発見した枝を増やそうとしたが、第二次世界大戦中の食糧増産政策により、原木がすべて伐採されてしまう。 けれど、譲り受けた穂木を接ぎ木によって育て続け、戦後、育成をした人物がいた。その白柳辰夫さんの名前から「白柳ネーブル」と名付けられ、細江町と隣接する三ヶ日町に栽培が定着したのだという。 柑橘栽培のベテランである澤田さんが、白柳ネーブルを植えたのは25年ほど前のこと。以来、果実のプロが「他より頭ひとつ抜きん出ている」と一目置く果実を育て続けている。 しかし、澤田さんは謙虚だ。寡黙でもある。 「特別なことはしていませんよ」と言葉少なに語るが、果樹の葉は肉厚で葉色に濁りがない。果実の数は少なくて、その生り方も自然だ。どの枝にも太陽の光が当たるよう剪定され、細やかな農作業を積み重ねていることが分かる。
「温州みかんは小粒がいいけれど、ネーブルは逆。大玉のほうが、果汁たっぷりで甘さもぐっと高くなります」 大玉に育てるポイントは、どの実を生らせるかを見極める夏の摘花・適果と、冬の剪定だ。水分を絞りすぎないことも重要だという。だから、排水にすぐれた傾斜地ではなく、平らな園地を選んでいる。ところで果樹園を覆っているのは雨避けネットだろうか。 「いいえ、細かいメッシュになっていて、雨粒が小さな霧状になって注ぐようにしています」 霧が果樹をやさしく潤すだけでなく、大雨による病害虫の発生を防いでくれるともいう。澤田さんの栽培は細やかだ。
さて、取材から1年。今年もお届けの時期がやってくる。これから、白柳ネーブルの名前は全国の果物好きに知られるようになりそうだ。それに先がけて、ぜひ、名人の美味を楽しんでいただきたい。
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