土曜日の昼下がり。カレンダーに目をやると、鳥の絵が描き込んである。今日は、ハミングバードケーキが届く日だ。下手な絵はハミングバード(ハチドリ)とはほど遠いが......。
「あのケーキが食べたい。食べたくてたまらない」
1週間前、そう思った私は、健菜倶楽部に連絡して宅配日を予約。うっかり外出しないように、鼻歌交じりで鳥の絵を描き込んだ。
以前は、古市由利子さんのケーキを注文するのは、義母の誕生日など特別な日のためだった。今は違う。そんな日を待ってはいられず、夫と私、二人のために注文する。贅沢? この歳(秘密ですが)になったら、それでいいではないですか。
ところで、私には時々無性に食べたくなるのに、少し待つことが必要なお菓子が三つある。古市さんが注文後に焼き上げてくれるケーキは、その筆頭だ。二つめは京都丸太町のM、一子相伝の味噌松風。入手には新幹線に飛び乗るか、週1回のデパ地下販売を待つしかない。三つめの東京半蔵門Mのクッキーは、そもそも紹介がいないと購入できず、予約も必要。
巷にはおいしい様々なスイーツがあふれているが、この三つは別格だ。なぜだろう。
思い浮かぶのは、本物、懐かしい、気取らない、飽きない、そして「変わらない」という言葉。それぞれに長い歴史があり、そしてある時、製法が完成した瞬間があったのだと思う。だからそれを変えない。変わる必要がない。
古市さんのケーキは、お母様が上海の租界で各国の主婦から教わったレシピを引き継いだもの。それぞれの家庭でみがかれ、古市家で洗練した味が完成したのだろう。
さて、届いた箱を開けると、もしゃもしゃの木毛の真ん中に、ワックスペーパーで包まれたケーキがふんわりと収まっている。いいなあ。大切に作ってくれたことが伝わってくる。
「もう、もう待てない」
休日のブランチに夫とナイフを入れるつもりだったけれど、予定変更。とっておきのお皿に一人分だけ切り分けた。口に入れたケーキはほろほろとしてしっとり。パイナップルとバナナの風味に何種類ものスパイスが混じり合い、穏やかに調和している。ああ、おいしい。夫殿、お先に失礼します。
(神尾あんず)
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