昆布と水を入れた鍋を火に掛けると、私はその前から離れません。ふつふつと沸いてくる水の中で、昆布の端からトロリとした小さな泡が連なって上ってくるのをじっと待つのです。それが昆布を取り出すタイミング。その後、花かつおを豪快に投入し、2〜3分静かな火で煮たら、ザルで濾して、わが家の出汁の完成です。出汁は味見して、自己採点していますが、最近は「いいね!」と好評価ばかり。目下、密かにひとり、出汁名人への道を歩いています。
「出汁っておいしい」
そう気づいたのは、三年前。場所は食通の知人が誘ってくれた京都の和食店Kでした。そこで、料理長がカウンター越しに、かつお節を削り、薄くリボンのような花かつおで出汁をひく様子を見せることに驚き、さらに「お味見を」といって出された猪口一杯の出汁の味に感心したのです。それが単なるパフォーマンスではないことは、その後の料理の素晴らしさが語っていました。
「私もちゃんと出汁をひこう」
この日、私の心に小さな火が点きました。
手軽な出汁パックを使うのは時間がない時だけと決め、出汁の味見をすることもルーティンに。とはいえ、腕はめきめき上達し・・・とはいきません。挫折したのはかつお節削り。わが家には立派な削り器がありますが、出来上がりはいつも粉状です。そこで健菜の花かつおを使うことに。京都の老舗「うね乃」の本枯れ節を削った贅沢品ですが、これが大正解でした。
良い材料をつかうと出汁も上手にできるものですね。当たり前かな。健菜の利尻昆布は、少々煮立てても出汁が濁りません。羽衣のような花かつおは、水に放つとたちまち鍋全体に広がって、うま味を出し切ってくれます。 仕上がりは澄んだ黄金色。味は淡泊ですが、それだけに、汁ものだけでなく、お浸しの浸し地や麺つゆ、土佐酢などにも自在に応用できるところがよいのです。
私の出汁は、プロの足下にも及ばないことは十分承知。名人への道は半ばどころか1合目でしょう。でも今は、自分の舌でお手本が味わえないことが、歯がゆくてなりません。おいしいものを食べに、心おきなく京都に行ける日が復活するように。出汁をひくたびに思います。
(神尾あんず)
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