永田照喜治氏が遺したもの

本年9月に亡くなった永田氏は多くのものを遺した。
最大の遺産は、農業の未来かもしれない。

「先生に教えられたことはあまりに多い」
 永田照喜治氏の思い出をたずねると、多くの生産者が、そう話し始める。永田農法の創始者であり、健菜倶楽部顧問であった永田氏は本年9月1日に逝去された(享年91)。本号は、生産者の言葉とともに、永田氏の遺されたものを紹介させていただきたいと思う。

進化する農法

「トマトの尻焼けは男のむこう傷。勲章ですね」
 これは、中野勇さん(北海道余市市)の心に残っている永田氏の言葉だ。果樹農家だった中野さんは、20年前、永田農法によるトマト栽培を始めた。未経験の野菜作りに挑戦したのは、永田氏が持参したトマトの味に衝撃を受けたからに他ならない。
「こんなにすごいトマトを作ってみたい」と。

 しかし、〈肥料と水を極限まで抑える〉永田農法は一筋縄ではいかなかった。中でも悩んだのは、収穫直前に現れる尻焼け(痣)の多さだ。尻焼けトマトは破棄せざるを得ない。
「それを永田先生から『男のむこう傷』と笑いながらいわれて、自分の方向は間違っていないと確信できた。ここが出発点だと腹が決まりました」
 尻焼けは、わずかに水を絞りすぎたときに起きる現象。トマトの栄養価と糖度が高い証拠でもある。永田氏は、一心に取り組む生産者を励ましたのだった。

 一方、大越昇さん(秋田県男鹿市)は、大豆の無肥料栽培を軌道に乗せた後、永田氏のひと言に力を得たという。

「それは進化です」

 無肥料栽培には成功したものの、大越さんはさらに食味を高めようと、米ぬかによる土壌改良を試みていた。生育状況を見ると、試みは成功している。
 しかし、永田農法から外れていないかと、不安に思っていた。永田氏はそれを「進化だ」と評価したのだった。
「誇らしかった」と大越さんはいう。

永田農法の点と線

 永田農法にはマニュアルはない。永田氏は、細かい指導はせずに、重要なヒントだけを残していく。
「だから、先生の言葉を聞き漏らすまいと、必死だった」と何人もの生産者がいう。
「先生の言葉は"点"で、私たちはそれを線でつないできた」
 中村昭一さん(上越市吉川区)は、健菜米栽培30年の歴史をそう考えていた。"点"は永田農法の基本、それを繋ぐ線とは具体的な技術のことだ。どんな線を描くかは、生産者の力量に委ねられる。肥料をゼロにすれば、おいしい米が実るわけではない。農法を実現するには、知識も感性も手間も総動員しなければならない。それを同じ健菜米の生産者である山本秀一さんは、「謎解きの連続だった」と表現する。

健菜倶楽部

 その結果、永田農法は進化を続けてきた。それが永田氏の意図だったのかもしれない。

農業人のあるべき姿

 茶葉の完全無農薬栽培を実現した太田重喜さん(佐賀県嬉野市)が、もっとも心に残っているのは、農園に訪れた永田氏が、山の木々や足元の雑草を見ただけで、土壌や自然環境を理解する姿だ。植物の生理を理解する知識と感性に大きな刺激を受けた。「自分もそうありたい」と考え、植物生理について勉強を重ねてきたという。
 すると、健やかな作物とは何かという本質が見えてくる。それは、「安心安全な食べ物を作る」ためには不可欠なものだ。
 太田さんはいう。
「先生に教えられたのは、農業人のあるべき姿だったと思う」
 それは、健康の礎になる作物を作ることを、喜びとする農業人であること。そのために、妥協せずに研究を重ね続けていくことだ。これは多くの生産者に共通する思いでもある。

 永田氏は、野菜や果物を詰め込んだ紙袋を両手に抱えて、全国に現れた。それを食べると、おいしさにびっくりして、「自分も作ってみたい」という魔法にかかる作物だ。もう永田氏には会えないが、作物は、永田氏の教えを受けた人たちによって栽培され続けていく。健やかでおいしいものを作るという姿勢は揺るがない。

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