目指すのは、「甘い」ではなく「おいしい」メロン

有明海の干潟に拓かれた園地で
メロン一筋30年、健菜屈指の生産者を訪ねた。

 果樹栽培の専門家が、健菜フルーツ頒布のパンフレットを手にした途端に、「う〜む、さすがだ」と感嘆したことがある。表紙の写真はアールスメロン。その精緻なネットや玉の形、色あいは栽培技術の高さを雄弁に物語っていた。
 栽培している小山秀一(50歳)さんは、他から言われるまでもなく、健菜屈指の技術をもつ生産者である。
 農園は熊本市西部、有明海に面した海路口町にある。もともとは干潟だったところで、海抜は0〜2メートル。夏は農園に潮が満ちることもあるが、それは土に豊富なミネラル分をもたらしてくれている。
 取材に訪れたのは昨年の3月上旬のこと。春まだ浅く、外は寒風が吹いていたが、ハウスの中は汗ばむほどだった。


美しい農園

「今はメロンが温度と湿度を必要としている時期です」と、小山さんは私たちを迎えてくれた。着果して10日前後の実は野球ボールより小さい紡錘形で、これから収穫まで50日を要するという。
 それにしても、なんと美しい農園だろうか。
 樹は整然と整えられて、澄んだ緑色の葉は,太陽の光を集めようと空に向かって開き、その葉と茎を元気のよい産毛が覆っている。小山さんが地面の覆いをめくると、あふれんばかりに密生した毛細根が現れた。永田農法の生産者が「おいしい根」と呼んでいる独特の根だ。

「私は甘いメロンではなく、おいしいメロンをつくりたいと考えてきました」
 小山さんは静かに話し始めた。どういう意味だろう。
「『甘かった』で終わるのではなくて、『もっと食べたい』と思ってもらえるメロン。それには香り、甘さ、果肉のなめらかさなどが調和して、やさしい味であることでしょう」
 それを目指して、小山さんは農大卒業後30年、メロンだけをつくり続けてきた。飽きるどころか、「まだまだ」という思いばかり。「これでいい」と納得できる域には達していないという。
 それだけに栽培は精密だ。
 糖度より果肉の質を重視して栽培品種を選ぶ。化成肥料は使わない。籾殻、米ぬか、好気性菌体を発酵・熟成させて堆肥をつくる。ミツバチに活発に働いてもらうために樹液を甘くする。葉の数は、1果に10枚......。ていねいに説明してくれる技術は、植物生理の深い知識に基づくものであることに気づかされる。
「学究肌ですね」と言うと、「じつは高校の科学教師になりたかったのです」とポツンともらした。

芸術家のような農業人

「今は摘果作業の真っ最中です」と小山さん。
 それが終わると、農園は最も精緻な管理が必要な時期を迎えるという。メロンの玉が縦長に膨らみ、果皮を押し上げて縦のひび割れが生じる。次に横に膨らみ、横にひびが入る。このひびがアールスメロン独特のネット模様になる。細かいネットが生まれると、果肉もきめ細かく繊細な味になっていく。
「夜明け前から夕方まで、1日に7〜8回はハウスを見回ります。果実が求めている環境になるよう、細かく調整していきます」
 収穫は4月下旬から始まるが、そのタイミングにも独自のセオリーがある。届いた時にすぐに食べる人も、少し時間をおいて食べる人も「おいしい」と感じられる熟度を見極めていく。その瞬間を小山さんは見逃さない。

 頭の中に「おいしいメロン」の明快なイメージがあり、それを形にするためにすべての情熱を注いでいる小山さんは、学究肌なだけでなく、芸術家のようでもある。「まだまだ」という思いが、今年も芸術品のようなアールスメロンのおいしさになって実を結ぼうとしている。


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