永田農法を超えた永田農法へ 健菜米づくり始まる

永田農法を熟知した生産者たちは、同じところに留まってはいない。
「よりおいしく」を目指して、米づくりが始まる。

 今年も健菜米づくりが始まる。生産地である上越市吉川区を訪れた5月1日、尾神岳山頂付近のブナ林には雪が残り、雪解け水が流れ下る吉川は水量を増して轟音を響かせていた。
 手を入れると瞬く間に痺れる。冷たく、そして飲みたいほど清らかな水だ。
 この日、この川筋に拓かれた棚田で、橋爪晴夫さんは田打ちに取りかかっていた。トラクターで土を深く掘り起こす作業だ。見上げれば、空は初夏。吉川では冬と夏が隣りあっていた。

農業本来の姿がある

「秋の田んぼを見せたいなあ。健菜米の黄金色はすごく美しくて感動しますよ」
 田植え前だというのに、橋爪さんの話は「他とはまったく違う」という収穫期のことから始まった。自分がこれから育てる稲の最終イメージが浮かんでいるのだろう。
 橋爪さんは、十五人の健菜米生産者の中で、最も古いメンバーの一人だ。最初に永田農法を実践した中村昭一さんの情熱や、永田照喜治氏の農法と理念に心を動かされて、永田米研究会に参加したという。
「でも、じつは一度離脱したんです」
 肥料をほとんど与えない健菜米栽培には、生産者が「稲と毎日対話する」と表現する、細かい栽培管理が必要だ。農薬ルールも厳しくて、田んぼの泥に足を取られながら、雑草を手で抜かなければならないこともある。兼業農家だった橋爪さんは、あまりの重労働に続けることができず、いったんは慣行栽培に戻ったのだった。ところが、数年後、再び永田米研究会に復帰。なぜだろうか。
 橋爪さんは「健菜米の田んぼを見ていると、これこそ農業本来の姿だと思うから」と話す。
「稲作は自然が相手。自然に逆らわず、いい環境の中でストレスなく育った米が良い米。そして、より良いものを食べてもらおうと努力するのが農家のつとめですよね」

 かつての仲間が育てている稲の姿を見るうちに、自分も再び挑戦したいとの気持ちが強くなったという。
 川沿いにある橋爪さんの棚田にはミネラル豊富で清冽な源流水が注ぎ、山から海へと涼風が抜けていく。吉川の中でも最も米づくりに適した環境だ。実際、復帰した橋爪さんの米は品質が安定し、高い食味値を誇っている。しかし、橋爪さんは謙虚だ。
「まだ、勉強することばかり。仲間の情報や先輩の指導を受けながら、もっと技術を高めたい」

基本は「健全な米」を 育てること

 苗づくりも順調に進んでいた。その多くを引き受けているのは、中嶋琢郎さんだ。「苗半作」という言葉があるように、育苗の良し悪しが米の出来に与える影響は大きい。だから綿密な成長の記録をとり、水やりから温度や湿度など驚くほど細やかな管理を行っている。
 目指すのは、田植え後にしっかり育つ「健苗」だ。それはどんな苗かと質問すると、中嶋さんは「これです」と、苗を1本、育苗箱から引き抜いた。
 「根っこが繁茂して土をがっしりつかんでいます。でも、茎がしっかりしているので折れることなく引き抜ける。種から茎がすっと伸びているのは、ストレスがないからです」

 専門家も太鼓判を押す苗の出来だという、この苗が棚田に植えられるのは、5月20日頃からだ。
 さて、今年はどんな米づくりをするのだろうか。

永田農法を超えた永田農法を目指して

 さらに生産者の話を聞くため、中村昭一さんの棚田を訪れる。昔ながらの冬水田んぼ(水を張って冬を越した田んぼ)では、すでにカエルの大合唱が始まっていた。
 永田米研究会会長の山本秀一さんは「永田農法に留まらない永田農法を目指したい」と語る。
 「健全な作物をつくる」という永田農法の基本はゆるぎがない。比類のないおいしさは、稲の健康から生まれる。だから、生産者はその栽培過程を細かく分析し、理想の生育カーブをなぞろうとしていた。
 肥料も農薬も限りなくゼロに近づける一方で、土壌の光合成細菌の働きを活発化させるなど、有機的な改良も加えている。
 昨年と同じ、ではなく、よりおいしい米を育てあげる、それが今年の目標だ。

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