早苗が揺れる棚田から

上越市吉川区で、今年も健菜米づくりが始まった。
田植えから2週間になる棚田を訪ねた。

 今年も、健菜米づくりが始まった。取材に訪れたのは6月初旬。大賀集落の棚田では早苗が微風に揺れていた。この日は晴天に恵まれて気温が一気に上昇。苗を見ながら、「たった一日で、苗のたくましさがグンと増しますね」と山本秀一さんの顔がほころぶ。
 今回は、生産者に集合してもらうのを諦め、永田米研究会会長である山本秀一さんと、棚田の主である中村昭一さんのふたりに話を聞いた。新型コロナウイルス感染症予防に十分留意しながらの取材である。

自然の恩恵に感謝して

 「春仕事はすこぶる順調でした」と言う山本さんの言葉に、中村さんが「水の心配がなくてね」と続けた。
 今冬は、近年、まれにみる降雪に見舞われた。山間地は背丈を超す積雪の中で春を迎え、その雪が解け始めると、町を東西に流れる吉川は流水音を響かせたという。山の中腹に点在する湧き水も、水量をぐんぐん増し、田起しを終えた田んぼを、清涼な水で満たした。
 昨春は、用水不足に悩んだだけに、今年は「水量の豊かさに思わず感謝した」と話すのは山本さんだ。
 しかもその水は豊富なミネラルを含む尾神岳由来の伏流水。酒の仕込みに使われている名水だ。
「この地で、おいしい米ができるのも、この水があればこそ。どれほど人間が技術を駆使しようとも、自然の技にはかないません」
 そんな名水の田んぼの中は、小さな生き物でいっぱいだ。絶滅危惧種であるメダカも忙しく泳ぎまわっていた。

クリーミーな田水に理由あり

 さて、ふたりが永田農法による米づくりを始めてから30余年になる。
「その間に、田んぼもずいぶん変わってきましたよ」
 肥料や農薬を使わず、雑草を手で刈ってきた棚田の景色は美しい。生き物も増えた。けれど、もっとも変わったのは田んぼの土だという。多くの微生物が活動して有機物を分解、肥料ゼロでも稲がすくすく育つ地力は、生産者の研究と工夫の賜物だ。
 例えば、健菜米の生産者は秋の収穫直後に、藁だけでなく、ある微生物と籾殻などをすき込んで田んぼを耕す。そして、その発酵を進めてから越冬させる。毎年、それを繰り返し、改良を積み重ねてきたから、今、田んぼの土はとろとろだ。
「私たちの田んぼの水はクリーミーなのが分かりますか。土が溶け出しているみたいにね」
「この土は肥沃ではありません。でも、これから苗が根をどんどん増やし、その根が傷むことなく養分を吸収していくための土です」

基本は稲の健康

 健菜米の栽培には、育苗から収穫まで、永田農法独特の方法もあるし、さらに年々、新たな改良も加えられている。土づくり、育苗、水やりなど、色々あるが、その基本は、「健康な稲を育てる」こと。
 「『そのためにはどうしますか』と、故・永田照喜治先生から、いつも問いかけられているように感じますね」と中村さんが言うと、山本さんは、「だから、これでいいという終わりはないですね」と話す。そして「挑戦のしがいがありますよ」とふたりは口をそろえた。
最後に、今年の米づくりの抱負を山本さんに聞いた。
「おいしい、と喜んでもらえる米をつくることが私たちの常に変わらない目標です。全力で取り組んでいきますので、秋の収穫を楽しみにしていてください」

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