静岡県は、冬も陽光に恵まれて暖かい。けれど、遠州灘に面した一帯は少し事情が違う。基本はポカポカと暖かい。けれど時折、いや、かなりの頻度で北西からの強風が吹く。遠州名物の空っ風だ。磐田市の砂川寛治さん(28歳)の農園を訪ねた日も、この名物に襲われた。とにかく寒い。
「この風、野菜にとって良いことはあるのでしょうか」という質問も、それに答える「病害虫が寄りつきません」という砂川さんの声も、風の音にかき消されていく。
農園を訪れたのは今年の1月末。畑ではにんじん、きゃべつ、レタス、ロメインレタスなどが収穫期を迎えていた。
「試しに食べてみてください」
そう言って、砂川さんが差し出したのは、畑で、茎をポキリと折ったばかりのにんじんの葉っぱだった。「りんごの味がしませんか」と言うとおり、その葉には甘みがあり、爽やかな香りがした。
「葉が赤いのは、寒さに当たってアントシアニンが生成されたからです。これなら、にんじんの糖度は13度に達しているかもしれません」
風もよい仕事をしているではないか。では、ロメインレタスの味はどうだろう。
半結球のロメインレタスは、緑色の外葉はパリッと肉厚、中心部の葉はクリーム色でやわらかい。試食してみると、ロメインレタスの特徴である苦みが爽やかで心地よく、甘みだけでなく旨みがしっかりしていた。エグミがまったくなく、いくらでも食べていられる。そんな様子を見ていた砂川さんの顔が、「よかった」とほころんだ。
じつは、20年前から、この農園では窒素系肥料(化成肥料)を使っていない。農薬の使用も限りなく減らしている。
「人の健康と地域の環境を守るというのが、基本です」と。
その取り組みを始めたのは、砂川さんの父親だ。農薬が地下水を汚染している。作物が吸収しきれなかった窒素肥料が流出して、川や海の富栄養化が進んでいる。「これではいけない」という思いから、彼は慣行栽培を止め、今のやり方に切り替えたのだという。当初は、子どもの目から見ても、父親の苦労が分かったという。
しかし、その姿勢を引き継ごうと、砂川さんは、大学卒業後に他所で研修を積み、農園に戻ってきた。20年前に比べると、農地もスタッフも格段に増えた。米づくりを主軸に野菜栽培にも力を入れている。
そして、味の良さを目標に、工夫を凝らしている。
浜名湖産の蛎殻を使った土壌改良はその一例だ。遠赤外線で焼いて粉砕された蛎殻は、土壌の酸性化を中和するだけでなく、豊富なミネラルをもたらす。タイミングをみて、ミネラルを含む海水を畑に播くこともある。
「でもいちばん大切なのは、余分な肥料を与えないことではないでしょうか。健康な野菜を育てることですね」
最後に、これからやりたいことを聞いた。
「作物の地上の様子ばかりを見るのではなく、地下で起こっていることを理解して、育てることかな」
「野菜の種類も増やしていきたいですね」
砂川さんの農園から野菜が届くのは、これからだ。今冬の出来を楽しみに待ちたいと思う。
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