健菜どんこ

琥珀スープのやさしさ

料理本はキッチンの棚に集めているのですが、辰巳芳子さんの『あなたのために』などは別扱い。書斎にあるのは、それが哲学書に近いという理由だけではありません。そのレシピどおりに料理することはないと、思っていたからです。

 辰巳先生の料理は「かんたんに手早く豪華に」とは真逆で、「手間と時間をかけて質実に」というものばかり。心ひかれても、忙しい生活に取り入れるのはむずかしいことでした。

 ところが、秋の連休、辰巳さんの「干ししいたけのスープ」を作ってみようと思い立ったのです。
 きっかけは夫の疲れた顔。あまり休みがとれない夫が、自宅で過ごせる日のことでした。その時に真っ先に浮かんだのが、「薬食一如」「命を支えるスープ」といわれる料理でした。

よい食材があると

 それに、わが家には健菜のどんこがあります。これは宮崎県椎葉村の原木栽培しいたけを天日干ししたもので、肉厚で煮物に使うと歯応えがぷるぷるしてかなりの存在感。出汁は旨みが高く、くせがありません。命のスープに最適な食材です。
 その日は、どんこを朝からゆっくりと戻し、その戻し汁としいたけ、昆布、梅干しを入れた鍋を直接火にかけずに、大きな寸胴の中で蒸すこと、40分。しいたけの滋養のすべてを抽出したスープは、ふっくらとやさしい味でした。
 この料理をしながら、気付いたことがあります。
 それは、縁遠かった「手間と時間をかける」ということが、少しずつ身に付いていたことでした。それは、よい食材が身近にあることと無関係ではありません。
 健菜のどんこがあるから、時間をかけて料理をする気持ちが湧いてきたのではないかしら。私が青大豆で味噌を仕込むのも、ぬか漬けをするのも、同じ理由でしょう。食材の力が、私を丁寧な食生活に導いてくれているように思えます。

手間は当たり前のことに

 さて、スープを飲んだ時の夫の反応ですが、「おいしいね」のひと言。そこで、手間をかけたことを力説してしまった私は、スープのホッとするやさしい味を損ねたかも...。ちょっと反省しています。
(神尾あんず)

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