「食べてみてください」
そう言って子出藤税さん(53歳)が差し出した掌には、皮をむいただけの小ぶりの塩玉ねぎがのっていた。
「がぶりと齧りついて」とすすめられるままに、生で食べてみると、ジューシーで、そのみずみずしさに驚かされた。
刺激が少なくて、わずかな辛味が心地よく、そして甘さまで感じられる。
そんな取材チームの感想に子出藤さんは「うんうん」とうれしそうに頷き、そして「梨のようだ、と言ってくれる人もいます」と付け加えた。農園の塩玉ねぎの糖度は平均9・5度。一般の玉ねぎは6度程度だから、確かに甘い。
「でも、糖度と食味は違う」と子出藤さんは言う。
「つくりたいのは甘いだけでなく飽きずにたくさん食べられ、『これが欲しい』と指名してもらえる玉ねぎです」
それはどのように栽培しているのだろうか。
子出藤さんの農園は、阿蘇山系を水源とする白川、熊本城の内堀にも流れが利用されている坪井川、そして有明海に囲まれた干拓地にある。土壌はサラサラで玉ねぎ栽培に最適な排水性と保水性を備え、一帯では昔から玉ねぎ栽培が行われてきた。けれど、17〜18年前、夜の9時頃まで草刈りに追われていた子出藤さんは、「このままでいいのか」と考えたのだという。
子出藤さんは農園の3代目だが、学校を出てからは一般企業の営業職についてバリバリと働いていた。働き盛りの30代後半に農園を継ぐために就農したが、休みなく働きながらも市場の価格に翻弄されるなど、数々の問題に直面して農業を続けることの難しさを痛感したという。それを打開するには...と考えて実行してきた末に、今の農園の姿、今の栽培方法がある。
「雑草は手で抜いています」
実は、草刈りだけでなく、苗場から畑に苗を定植する時や収穫にも機械を使わず、手作業をするという説明に、驚かされた。現在、農園の広さは1万8000坪もあるのに、手作業が可能なのだろうか。
「もちろんたいへんです。でも玉ねぎは傷つきやすいから」
とはいえ、この規模の農園は効率よく機械で進めるのが普通だ。
「大切に育てているから、手作業にこだわっています」
小さな玉ねぎに、積み重ねてきた工夫と手の温もりが凝縮されて、おいしさが生まれてくるのだと感じた。
さて、子出藤農園の塩玉ねぎは3月から6月にかけて出荷される。今はまさに十数人のスタッフが一丸となって収穫作業に追われている最中に違いない。
「うちの塩玉ねぎは水にさらさず生で食べて欲しい」
子出藤さんが生食をすすめたい理由は、よくわかるのだが、加熱するととろけるように柔らかくなり、甘みと旨みが増すのも大きな魅力だ。どう食べてもおいしい。
皆様にも、そんな春の味を存分に楽しんでいただきたいと願っています。
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