むずかしいから燃える。 技でつくる名品ぶどう

6年ぶりに訪ねた生産者は、技も気力も衰え知らず。新たな挑戦も始めていた。

 長野県上田市の松崎農園を訪れたのは昨年の7月下旬だった。元気な姿で取材チームを迎えてくれた松崎孝顕さんは75歳。最近は、ぶどう栽培の多くを二人の娘さんが引き受けているという。その代わり、「ここだけは自分で」と決めた、二カ所の果樹園に全力を注いでいた。

ぶどう栽培に憧れて

 その一つは、多くの古刹があることから「信州の鎌倉」と呼ばれる塩田平を見下ろす斜面にある。鋸のように切り立った独鈷山の麓にあり、標高は500メートル。白樺湖を源とする小川が傍らを流れている。
 上田市は晴天率が高く、日本有数の少雨乾燥地帯だ。そして昼夜・冬夏の寒暑の差が大きい。さらに農園の石混じりの土壌は排水がよく、ぶどう栽培の最適地だ。
 松崎さんは四十数年前、ホップ畑を止めて、ここに果樹園を拓いた。近隣にぶどう農家はなかったが、「ぶどう栽培に憧れていた。やりがいがあったから」と。
 そして、一帯のぶどう栽培の草分け的存在になった。
「最初につくったのはぶどうの王様、巨峰です」
 当時の巨峰は脱粒が防げず、「房」ではなくて一粒ずつパックに詰めて出荷した。それでも飛ぶように売れたという。

 それから様々な品種をつくってきた。松崎さんは、新品種に可能性を感じると、苗木を取り寄せて試験栽培をする。そして「これはいい」と感じたら果樹を増やす。それが、人気品種の流行を追うのではなく、人気を先取るような結果になっている。その一方、根強いファンがいる品種も栽培を続けている。この日、眼前ではシャインマスカット、ベリーA、デラウェア、巨峰が生っていた。収穫は9月中旬から始めるという。

技を極めて

 「ぶどうは技でつくる」という言葉がある。それを実感させる松崎さんの技が遺憾なく発揮されているのが、もう一カ所の農園、標高480メートルにあるハウスだ。
 それにしてもなんと整然としたぶどう棚だろう。ぶどうの房が一列に等間隔に並んでいる。地面に射す陽射しが均等なのは、葉影も計算されているからだろう。
「毎年、同じ節から結果枝(実が生る枝)を伸ばすように剪定し、1本の結果枝に1房だけ生らします。1房当たり、葉は24枚。1粒は13〜14グラムと決めています」

 葉は、光合成によって十分な養分を生みつつ、日照を妨げないぎりぎりの枚数だ。粒の重さにこだわるのは、最高の糖度を生むため。1グラム増えたら味が薄くなる。
 ハウスでは健菜のシャインマスカットやナガノパープルを栽培している。

 ナガノパープルは長野県の農業試験場が開発し、長野県内限定で栽培されている注目品種だ。味は深いコクがあって渋みがない。皮が薄くやわらかいので、丸ごと食べられる。ただし、粒が劣化しやすく、その栽培難易度は高い。
 じつは、その難易度の高さが、松崎さんの「もっとおいしいものを」という意欲をかき立てている。糖度を高めようと水分を絞ると、皮が固くなるし、水分が多ければ味がぼやける。松崎さんには、房の長さや形、粒の数、色、果軸の堅さなど「これがベスト」と発見した基準がある。それに照準をあて、絶妙な栽培管理をしていく。
「経験を積んできたので大きな失敗はないが、もっとできるはずだという思いは、いつも残る」
 その気持ちが極上の味を生んできた。松崎さんはいつも期待を裏切らない。

 ところで、最近、気になる新品種はないのだろうか。
「あります。クインニーナという赤いぶどう。ジュースにするときれいなピンク色になるのがいい」
 松崎さんはすでにその栽培を始めていた。75歳の挑戦を見守りたい。


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