北海道随一 絶品トマトの産地を訪ねて

北海道仁木町にトマト栽培の達人がいる。
父から子へ伝えられた技術は、さらに進化していた。

仁木町は、果物の町だ。北海道の短い夏を駆け抜けるように、いちご、さくらんぼ、ぶどう、りんごといった果物が次々に実り、初夏から秋までリレーされていく。
その果物王国のまん中に、岩本農園はある。
取材に訪れたのは昨年の6月。町の果物リレーの開始と同時に、岩本農園のトマトも収穫が始まっていた。

甘いだけじゃ つまらない

 岩本農園は、永田農法を取り入れ、北海道で健菜トマトの栽培を始めた草分け的存在だ。父の岩本勝美さん(74歳)から、栽培を引き継いだ勇さん(36歳)が、取材チームを待っていた。
「まず、これを試食してみてください」
 勇さんが差し出したのは、まだ、青いトマトだ。早速かぶりつくと、果汁がパッと飛び散り、鮮烈な香りが広がった。驚くほど甘い。おそらく糖度は9〜10度は下らないだろう。素晴らしいのは甘さだけではない。酸味もあり、旨みがしっかりしている。完熟すれば、特選クラスになるのは明白だ。そんな感想を漏らすと、勇さんは「よかった」と笑った。
「私は、トマトが青い段階で糖度が決まるように栽培しています。でも、それだけじゃつまらない。糖度を上げるだけなら今は養液栽培でもできるのですから」

 近年のトマトは、土を使わずに水耕栽培で生育をコントロールして、養液の成分で糖度を上げているものがある。いわゆる植物工場産の高糖度トマトだ。
「そんなトマトは、本当の味を知っている人には物足りませんよね。でも、私のトマトは違います」
 では、勇さんはどんなトマトをつくっているのか。
「生命力みたいな何かが感じられるトマトかな」
 そう言いながら、勇さんが「例えば」と、輪切りにしたトマトは驚くほど子室の数が多かった。ゼリー状の部分が収まっている子室は酸味が、子室を隔てている壁(果肉)は甘みが強いだけに、その調和が極上の旨さのポイントとなる。「子室が多いトマトは、柱が頑丈な建物と同じ。力強くて、味の調和がとれていると思っています」
「じつは、まだ、むずかしいのですが......」と言葉が続いた。


進化する栽培法

「この地でのトマト栽培を父にすすめたのは永田先生です」と勇さん。
 農園は標高100メートル。一日中、太陽の光が射す南向き斜面にあり、低地より日照時間がかなり長い。昼夜の寒暖差が大きく、海からの風が吹きわたる。土壌は、礫混じりの赤土という好条件が揃った適地だ。
 勇さんが就農した十数年前には、父のトマトは全国的に一目置かれるようになっていた。その父の下、実際に現場に出てみると、栽培方法は、学校で学んだ内容とはまったく違っていたという。学校で教えられたのは、効率よく多収量を得る農業だ。けれど岩本農園は、それとは真逆、特別なトマトを生産していた。
 父はデータに頼らず、植物の状態を見て、日々の管理を変えていく。勇さんも、その姿を見ながら、土に手を入れて、その感触で、理想的な土壌の状態を知る術を身につけてきた。微妙な水管理に不可欠な、トマトとの駆け引きも学んだ。
「トマトは水が大好きで、『もっと欲しい』と言うけれど、甘やかしすぎてはダメ。どこまで厳しく接するかが勘所です」
 6年前、父がトマト栽培の全てを勇さんに任せると決めたのは、息子が植物と会話する力をつけていると認めたからかもしれない。

しかも、栽培方法は進化を続けてもいる。勇さんは液肥すら与えない。極少の養分を葉面散布することで、精細な調整をしている。異常気象が続き、予測外の気候に的確に対応するには、速効性のある葉面散布が最も適しているからだ。
「気候を言い訳にしたくありません。毎年、いや毎日、条件が違う自然に合わせながら、特別なトマトをつくる。そうありたいと思います」
 この日の農園には、緑色からレンガ色、そして金朱色へと、熟すにつれて永田農法独特の変化を見せるトマトの実が、収穫を待っていた。農園からトマトが届くのはもうすぐだ。

岩本さんのトマトは「健菜マルトマト2回頒布会(出荷時期:6月~8月)」でご案内しています。

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