厳寒の山里に 青大豆味噌のつくり手を訪ねて

健菜青大豆味噌は、上越市吉川区の中山間地・川谷集落でつくられている。
豊かな自然に囲まれた味噌蔵だ。そこで、今年も味噌づくりが始まった。
 川谷生産組合で味噌がつくられるのは、冬の2カ月半の間に限られる。深雪におおわれる厳寒期だ。そこで、1月下旬に加工場を訪ねた。ところが......雪がない!  「いつもは雪室の中にいるようなのに、今年はヘンですね」  そう言って取材班を迎えた責任者・鴫谷幸彦さん(42歳)の背中から、柚希ちゃん(2歳)が笑顔をのぞかせた。出産間近の妻・玉実さん(生産組合代表でもある)の体調に配慮して、父と一緒に一日を過ごすのが日課なのだという。

変わらない味を守ること

 作業場には、朝、茹で上げてすり潰された大豆の桶が並び、甘い香りが漂っていた。別の一角に並んでいるのは、米麹の桶だ。そこに塩を加え、大豆、水を混ぜ合わせて仕込み味噌をつくり、味噌蔵の巨大な容器へと移していく。そんな作業が目の前で手際よく展開していった。
 原料はすべて地元産。米麹の原料に酒米・五百万石を使うのが創業当初からの決め事だ。杜氏の故郷である吉川で「味噌には酒米が合う」と伝えられてきたものらしい。
 味噌の品質や味の決め手を挙げればきりがないが、鴫谷さんが最も慎重になるのは、米麹づくりに他ならない。蒸かした米に麹菌をまぶし、世話をしながら麹室で一昼夜。ひと粒ひと粒に麹菌が浸透し、表面が白い綿でおおわれた状態を「花がつく」あるいは「はぜる」という。この日、花がついた米粒を二つ割りにしてみると芯の部分を残して均質に白くなっていた。これは、申し分がないはぜ具合。よい仕事をしてくれそうだ。
 さて、神経を使う米麹づくりの対局ともいえるのが、味噌蔵での熟成工程だ。こちらは自然と時間がものをいう。最近は、加温して発酵を早めた促成味噌が多いが、ここでは最低でも1年は寝かせる。加温も冷蔵もしない。廃校になった小学校を利用した味噌蔵は鉄筋コンクリート製で夏も低温を保つので、麹菌がゆっくり働いて、深い旨みを醸していく。

住民の心の拠り所

 川谷生産組合は30年前に誕生し、3人の女性たちが味噌や漬物をつくってきた。鴫谷さん夫婦が仲間に加わったのは7年前。そして4年前、引退を宣言した先の代表から、代表と味噌づくりを任された。じつは鴫谷さん夫婦は都会からの移住者だ。夏は米をつくり、冬は加工品づくりに参加しながら、当初は「いつか、自分の農園独自の加工品をつくろう」と考えていたという。「けれど、今はその頃の自分が恥ずかしい」と語る。責任者になって気づいたことがあるからだ。
「それは、同じ味を守り続けることの方が尊いということ」
 25年間、黙々と同じ手加減で同じことを繰り返してきた先代のすごさが分かり、今はそれに倣う味噌づくりに集中しているという。
「それに、周囲に助けられているうちに、『地域のために』動くことが心地よくなってきた。この加工場も『あってよかった』と言われる存在でありたいと思うようになりました」
 現在、川谷地区の住民は50人に満たない。通いなれた小学校にある加工場が元気に稼働していることは住民の励みでもあり、心の拠り所にもなっている。

個性的な青大豆味噌

 健菜青大豆味噌についても聞いた。
「青大豆味噌は特別なもの。3月初め、シーズンの最後に仕込むので、私たちにとっての千秋楽です」
 この頃は、メンバーが仕事に慣れて手際よく作業が進む。早春の暖かさが発酵をゆるやかに促すことも、好条件だ。
原料の青大豆は「きな粉豆」と呼ばれてきた吉川の在来種。茹でただけで甘くておいしい豆だ。米麹には酒米・五百万石を、塩はフランス産の海塩・ノアムーティエの塩を使うという贅沢さ。それらが相まって個性的なおいしさが生まれる。

「初めての人はその味に驚きます。他所にはありません」
 さて、本紙が発行される頃は、青大豆味噌の仕込み作業の真っ最中だ。それが一段落すると、昨年仕込んで、1年間寝かせていた青大豆味噌が食べ頃を迎える。香りの高い新味噌の出荷が始まるのは、間もなくだ。


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