ファーストトマト一筋、40年

渥美半島に、健菜トマトの草分け的生産者を訪ねた。
永田農法を取り入れて40年。ファーストトマト一筋の名人だ。

 渥美半島の春は早い。1月半ばから半島の随所に菜の花畑が出現し、訪れる人を楽しませてくれる。しかし、昨年の3月、半島の先端・伊良湖岬近くにある小久保農園に向かって車を走らせていた取材チームは、春の景色を楽しむ余裕がなかった。農園からは、トマトの収穫終了が1カ月早まりそうだとの連絡があった。取材は間に合うのだろうか、と。

適地と栽培技術

 「久しぶりですね」
 取材チームを迎えた小久保敏広さんは、73歳。改めてトマト栽培歴を質問すると、「35年、40年になるかな」と言いつつ、「長いよね」と付け加えた。
 小久保さんは健菜トマト栽培の草分けだ。故・永田照喜治氏(元健菜倶楽部顧問)が、「この地でこの生産者に」と見込んで、永田農法によるトマト栽培を提案した生産者のひとりだ。
 その農園は栽培の「適地」だ。南北を太平洋と三河湾に囲まれた渥美半島は、風は吹くが、厳冬期でも氷点下になることや降雪に見舞われることが滅多にない。日照時間も全国有数だ。適度な寒さの中で成長し、早春に旬を迎えるトマトにとっては理想の環境だ。

 この一帯は、明治中頃に日本初のガラス温室が建てられ、以後、施設での野菜・果実生産を牽引してきた。今も、他所ではあまり目にしない、頑丈な鉄骨組のハウスが立ち並んでいる。このハウスから生まれる作物の代表が、高級プリンスメロンだ。
 高級プリスメロンの栽培には高い技術が必要だ。それぞれの生産者がより甘くおいしい果実をつくるために、工夫をこらしていた。一方、当時の野菜生産者には、「おいしさ」を追求するという感覚がまだなかったことから、メロンの生産者にトマト栽培を託したいと永田氏は考えていた。
 小久保さんは適任だった。技術もあり、新しい農法を取り入れる柔軟性もある小久保さんは、瞬く間に期待どおりのトマトをつくり、それから40年、栽培し続けている。
「たいしたことはしていないけれどなあ」と本人は言うが、そんなことはない。その技術も真面目な人柄も、毎年、出荷してくれるトマトのおいしさに現れている。高糖度で旨みがある粒ぞろい。特撰品ばかりだ。

変わらない姿勢

 小久保さんは、ファーストトマトだけをつくっている。野生種に近く、出来が安定しないことから生産者が激減しているが、小久保さんは「他の品種には興味がない」と言う。
 その栽培は、「厳しく育てるとおいしくなる」というセオリーどおり、肥料も水も最小限に抑えている。近年は細やかな管理がしやすいバッグ栽培(培土が入った袋に1樹ずつ植える栽培方法)が増えているが小久保さんは土耕だ。灌水チューブも使わず、1本ずつ手で灌水している。
「手をかけた分だけ、おいしくなるからね」と小久保さん。
 じつは、ここに来ると、いつも葉や茎を覆い尽くす黄金色の産毛の猛々しさに圧倒されるのだが、残念ながら、この時は、収穫が終わりかけ、樹がややくたびれていた。やはり、取材のタイミングが遅かった。
 もう一つ残念なのが「収穫は4段目まで」と小久保さんが決めていたことだ。これまでは、6段目ぐらいまで収穫できるように栽培管理をしてきたが、作業パートナーだった奥さんを見送った今は、「おいしさ」を諦めない代わりに、管理が行き届く範囲だけに収穫をとどめるという。収穫量は減ってもいい。
「旨いと思って食べてもらえればいいんだ」と。
 ファーストトマトは、ますます希少なものになりつつある。少量になってしまうかもしれない。けれど、小久保さんのトマトをこれからも長くお届けしたいと願っている。

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