とうもろこしと赤土、そして牡蠣殻

浜松市浜北区は温暖な気候に恵まれた野菜の一大産地だ。この地で独特の栽培法を実践してきた農園を訪ねた。

 とうもろこしの収穫が始まっている鈴木農園を訪れたのは昨年の6月半ばのことだ。しかし、取材チームが現地に到着した午前10時には、この日の収穫作業は終わっていた。収穫は午前4時30分から7時まで。選果場での出荷作業もすでに終盤だった。
 とうもろこしは夜間に養分が凝縮し甘みを高めるが、太陽を浴びると糖度が下がっていく。だから、収穫は早朝限定だ。
 その朝採りを、なるべく早く消費者の元に届けるべく、選果場では、素早く選果やパッキングの作業が進められていた。年齢も性別も肌の色もさまざまな30人のスタッフは、チームワークもよくて、みな楽しげだ。

「みんな、よく働いてくれます」
「収穫がピークになる来週は、深夜まで作業することになりそうです」
 そう言いながら、取材に応じてくれたのは鈴木康太さん(36歳)と岡本三政さん(36歳)の二人。農園の運営や各所に点在する畑の生産指導、管理を担っている責任者だ。

収穫のタイミングが決めて

 農園は、遠州平野の北端部、三方原台地の東に位置し、温暖な気候と豊富な日照に恵まれた一帯にある。この日、案内してくれたのは、収穫直前の畑だった。
「実が茎から斜めに離れてきている。ひげは褐色、触るとふっくら、採り頃です」と岡本さん。採り頃にこだわるのは、そのタイミングの良し悪しが食を左右するからだ。
 「どうかな」と言いながら、ポキリと一本折り、包葉(実を包んでいる薄い葉)をむくと、その手元を見ていた鈴木さん「いいね」と声を上げた。包葉の中では、ツヤツヤと黄色い大粒がもっちり、そして美しく並んでいた。どうやら、明日が収穫のベストタイミングのようだ。

「食べてみてください」
 畑で生のとうもろこしを味わえるのは、取材者の役得。遠慮なく、かぶりつかせてもらう。
 その味は予想を超えていた。果物のように瑞々しくて、歯触りはシャクシャク。甘いが甘いだけじゃない。
「旨みがありますね」と、感想を伝えると、
「そう言ってもらえるのが、一番うれしい」と岡本さんが顔をほころばせた。

ミネラルが旨さの素

 畑の土は三方原台地独特の赤土だ。肥沃ではないが、水はけがよく、栽培方法を工夫するとすこぶる美味な作物が育つ。その土には、小石とともに、目をこらすと貝殻の破片が散らばっていた。 「牡蠣殻です」と岡本さん。
 浜名湖産の牡蠣の殻を畑一面に散布しているのだという。牡蠣殻には、土壌の酸性化を中和する効果がある。カルシュウムやマンガンなど、おいしい野菜が育つ上では欠かせないミネラルを豊富に含んでいる。
「父が取り入れた方法ですが、最初は牡蠣殻が土に溶けず、苦労したようです」と鈴木さん。
 その後、熱処理をして成分が溶出しやすくなるように改良。形状も、粉状から一目で牡蠣殻とわかるものまで大きさを分け、長く、くまなくミネラルの溶出が続くようにしている。
 その成果はおいしさに表れている。
「幼い子どもが2本、ペロリとたいらげるのを見た時はうれしかった。子どもは正直だし、味に敏感ですから」

 この日は、一番花が実を結んだばかりのオクラの畑も見学した。とうもろこしの収穫が一段落するとオクラの季節がやってくる。この時はまだ膝丈ほどの大きさだが、8月には2メートルほどになるという。
 そのオクラはやわらかくて旨味がある。中でも丸オクラは大きくて肉厚、ジューシーだ。
「角オクラも自慢できるけれど、うちの丸オクラのおいしさに気づいて欲しい」と岡本さん。
 栽培のポイントは?と聞くと「水分コントロールと赤土と牡蠣殻」と即答された。
 とうもろこしとオクラ、その出荷を楽しみに待ちたい。

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