甘い甘いいちごの名前は「恋みのり」。 生産者は寒さを味方に旨みをのせる。

九州の強い光のもと、寒さの到来とともに、旬を迎えるいちごがある。
その農園は甘い香りで満ちていた。

 西口広聖さん、恵子さん夫妻の農園を取材チームが訪れたのは、今年の3月。いちごは三番花が実を結び、昨年の12月から始まっていた収穫は、終盤を迎えていた。 そのハウスの中では、パリッ、パリッとリズミカルな音が響いていた。いちごの収穫に刃物は使わない。2本の指の間に茎を挟んで、一気に折る。そしてパリッという音とともに、真っ赤な実は、ふっくら丸めた掌に包みこまれていく。立っているだけで、幸せになる空間だった。

土の力を確信して

 西口農園があるのは熊本県菊池市七城町。阿蘇外輪山の西部に広がる田園地帯だ。阿蘇の山々から流れる菊池川とミネラル豊かな伏流水がその田園を豊かに潤している。
「でも、気候は厳しいの」
 恵子さん曰く、夏は、蒸せ返るほど暑く、冬、特に収穫最盛期の1月から2月は凍えるほど寒い。
 しかし、ハウス内は加温しない。昼は九州特有の強い光が差すが、夜はグッと冷え込む。これがいい。
「外気温が低ければ低いほど、味がのる。熟すのに時間がかかるほど、いちごはおいしくなりますから」と広聖さんは言う。
 二人がいちごの栽培を始めたのは、1994年。それから約20年、いちご生産を続けている。
 その栽培の特徴を質問すると、広聖さんは、迷うことなく
「土です」と答えた。いちご栽培を始めたときから、化学肥料はほぼ使っていない。元肥として、微生物の働きを活発にしてバランスを整えるラクト菌(乳酸菌の一種)を米糠などに混合した自前の肥料をつくって使い、土壌を改良してきている。
「実は、栽培を始めて3年目に既製の有機肥料を使ったことがあるんです。すると果実の味が落ちてしまい、この時 から、微生物が働いている土の力を確信しています」

 最近は、作業負担を減らすために高い位置に棚を組み人工的培養土を利用する(高設栽培)いちご生産者が増えている。けれど、広聖さんは、つくり込んできた土の力を確信していた。その土に根を張るいちごは生命力が強くなると。

健康に育てて完熟収穫

 水分も肥料も抑えているので、いちごの葉は肉厚でパリパリ、色は薄い。その実はツヤツヤと光っている。
 完熟収穫もこだわりの一つだ。デリケートな果物だけに輸送の時に傷つきやすい。だから7割程度の熟度で収穫・出荷することが多いが、広聖さんはそれを良しとしない。そして「完熟収穫するためには、健康に育てることが第一」と話す。実は数ある品種の中から「恋みのり」を選んでいるのは、大玉で果汁たっぷり、甘くて芳しいだけではない。輸送の時に傷つきにくい特性があるからだ。「いちばんおいしいタイミングで食べてもらいたいから」との選択だ。

 今年の3月、取材に訪れたときはすでに、次の栽培に向けた苗づくりが進んでいた。その苗は、9月には定植され、11月半ばには一番花が咲き、実を結び始めている。生育は順調だ。
 「『100%の出来だ』と誇れるまでには、まだ、なっていな いと思う。でも、これからも、よりおいしいいちごを届けられるように、夫婦二人で大切に栽培をしていきます」
 そう語っていた西口さんのハウスで、収穫のリズミカルな音が響き始めるのは間もなくだ。
 本紙の裏面で、販売のご案内をしています。ぜひ、西口農園の瑞々しいおいしさをご賞味ください。

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