お造り醤油

豪快な料理人と繊細な味

 若い頃はお刺身といえば、マグロ一辺倒だったのに、最近はタイやヒラメなどの白身魚も食卓に並べるようになりました。理由の一つは、齢とともに好みの幅が広がってきたことでしょう。
 それに車で20分のところに良い鮮魚店があると知ったこと。三つめの理由が、健菜のお造り醤油です。
 これが淡白な白身魚とよく合うのです。繊細な味を引き立ててくれる。高級割烹や寿司店では、魚に合わせて調製したお醤油を出してくれますが、まさにあれ。ちょっとだけの贅沢です。

気になっていた料理人

 「京都梁山泊謹製」というラベルを見て、「もしかして」と思い出したのは、大学生の頃に夢中で読んだ『包丁一本がばってンねん!』という本です。「就職しないで生きるには」(この言葉が胸に刺さった!)シリーズの一冊で、家庭の事情で演劇を辞め、料理店を開いた破天荒な青年の奮闘記。独特のセンスと熱意で店を成功させ、続いて出版した本では「うまいもの」「本物」へのこだわりぶりを豪快に炸裂させていた青年の名は橋本憲一、その店の名は梁山泊でした。間違いなく、健菜お造り醤油の調製主です。
 「この店に行ってみたい」という私の憧れを、さらに募らせる話が聞こえてきたのは、いつだったでしょうか。
「京都の百万遍に、夜な夜な京大の教授連が集まる店がある。カウンターは水上勉の定席。倉本聰や永六輔なんかも常連なんだ」と。それも梁山泊のことでした。
 きっと、健菜倶楽部の永田照喜治さんが、食の探求者である橋本憲一さんと健菜倶楽部を引き合わせて、お造り醤油が実現したのでしょう。永田さんも店の常連だったのかな。

「わが家と同じ」がうれしい

 「行ってみたい」という気持ちを実現させたのは、数年前のことですが、想像とは違っていました。勝手にカジュアルな店をイメージしていましたが、二十年前に、高級料理店に変えたのだそうです。料理はもちろん、器も見事なものばかり。店の主にやんちゃな青年の面影はありません。でも、お造りに添えられていたお醤油は、紛れもなくわが家と同じもの。うれしくて「ふふふ」と心の中でひとりごちました。
(神尾あんず)

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