日向灘を望む市街地から車を走らせ、小丸川に沿って山を登る。県道をそれて薄暗い森に分け入りしばらく行くと、突如ぱあっと視界が開けた。
宮崎県児湯郡。ここは、健菜に長年おいしいきんかんを届けてくれている藪押正幸さんの農園だ。
山の中腹にある高台、明るい陽射しが降り注ぐ空間は、森によって完全に外界と隔てられていて、家を囲むように果樹林やハウス、田んぼがあり、静かでおだやかな空気が流れる。なんとも心地よく、不思議な場所だ。
「うちは大正時代から、ここで柑橘中心にやっとります。きんかんは、あっちのハウス。さあ行きましょうか」
満面の笑顔で迎えてくれた藪押さんは、この日もトレードマークの地下足袋姿。身軽にひょいひょいと農園を動きまわり、さまざまな果樹の相手をする。訪れたのは12月上旬。きんかんがようやく色づいたころだった。
「昔、県南の串間や日南できんかんを特産にしようという動きがあり、こりゃあおもしろそうだぞと思って苗を植えたのがきっかけです。それが25年くらい前のことですかねえ」
専業になる前、藪押さんはハウスを建てる仕事をしていて、ハウスを活かした果物作りがしたいと常々思っていたという。果樹園に並ぶハウスも、もちろんすべて手作りだ。
「もう30年くらい使っているかなあ。大切に使えば長持ちするでしょう」と誇らしげな表情だ。小さなほころびもていねいに直しながら使っている。
仕事のしかたも同様で、細かい所にも目を配っているのが見て取れる。ハウスの中は、整然として美しい。
さらに、藪押さんは好奇心旺盛で、いろいろな栽培を試してきた。柑橘のほかには、マンゴーやバナナ、パパイヤなども育てた経験があって、おもしろそうと思ったら、試してみなくては気が済まない性分だ。
「きんかんも、育てているうちにはまってしまってね。8年前からは完全有機に切り替えて、よりおいしいものを目指しています」
専門書を頼りに試行錯誤を重ね、おいしさを再優先に栽培することを選択。結実数は1枝に1個と限定し、その実にたっぷりの栄養を凝縮させる方法を実践している。1枝には、ほうっておけば8個は着果するというから、藪押さんの作り方ではほとんどを摘果してしまうことになるのだ。
しかもきんかんは、その実が小さい。みかんが1日に400㎏収穫できるとしたら、同じように働いてもきんかんが収穫できるのは100㎏ほど。
消費者には大玉のほうが喜ばれるし、もっと大きく育てないのですか?と聞いてみると、
「見映えばかり立派でも、おいしいサイズというのがありますよ。皮ごと食べるきんかんは、皮と実の比率も味に大きく影響しますから...」とのこと。
大玉のほうが高くは売れるが、藪押さんはあえてそれをせず、いちばんおいしいサイズにとどめている。
「うちでは、きんかんの収穫は毎年1月からはじめています。このころには果皮に紅が出て、まるで宝石みたいな艶やかさ。味のピークがきたら、健菜のみなさんにもお届けします」
本来は、きんかんの旬は1月から2月だが、おせちの甘露煮にするため、市場での需要のピークは12月。だから、ほとんどの生産者は、色づきだけよくした未熟なものを出荷してしまうのだという。
「固いのや苦いのは、未熟なだけでなくて、水や温度、肥料の管理が悪いというのもありますね。固く作るほうが色づきは早いので、焦って作る人が多いのでしょう」
秋、藪押さんのハウスは、味を高めるのに最適な25度に設定しているが、冬には、ゆっくり熟して、色がのるように室温をさげて調節する。
その間は、毎日のようにハウスを訪れ、葉っぱと対話するという。
「乾燥具合や肥料の効きを見極め、冠水したり、葉面散布をしたり...。最後まで気を抜かずに世話をしますよ」
藪押さんの完熟きんかんは、外皮が薄くハリがあって、歯ごたえ軽やか。極上の爽やかな香りをもち、白いワタは味わい深い。酸味はほとんどなくて、糖度はなんと20度を超える、驚きの美味なのだ。
「私は、自分の好きなように作っているだけですよ」と、藪押さんは笑う。
このまっすぐな笑顔が、きんかんの味につながっているような気がした。「好きなように」試したい気持ちが満ち溢れ、そのエネルギーがおいしさをますます進化させていく。
今年のきんかんも、絶品に仕上がりました。美味を堪能しつつ、冬の栄養補給にもお役立てください。
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