114年の歴史が作る 最高峰のネーブルを訪ねて

熊本県宇土半島に、網田ネーブルという知る人ぞ知るネーブルがあります。 生産者が減り、今では幻となりつつある、国産ネーブルの最高峰をご紹介します。

 熊本県宇土市は、県中央部、宇土半島の北側にあって、有明海の向こうに、雄大な雲仙岳を見られる絶景の地。温暖で降水量が少なく、柑橘栽培にはうってつけの気候だ。
 市内でもとくに有名なのは、今回訪ねる網田地区。作付面積は広くないものの、国産ネーブルの最高峰「網田ネーブル」の産地として、青果市場にその名をとどろかせている。
「ここは1900年に国産の先駆けとしてネーブルの苗木が持ち込まれて以来、ずっと作り続けている古い産地です。網田のネーブルは、この地の気候風土に時間をかけて馴染み、先人たちが工夫を凝らして、全国から評価を受けるまでになった。うちにも100年を越える果樹がありますよ」
 そう言うのは坂本三千弘さん。ここ網田でネーブルを主力に栽培する篤農家だ。園地は明るい南向きの斜面にあり、堂々とした力強い果樹が植わっている。

美味だけどリスクが高い

 坂本さんのネーブルは、とびきり甘く香り豊かで、「ネーブルってこんなにおいしいかった!?」と思わず驚いてしまうほど。一般に糖度12度もあればかなりおいしいと言われるところ、坂本さんのネーブルは14度にも達することがあるという。輸入ものとはまったく別の果物ではないかとさえ思うほどだ。ところが・・・
「網田ネーブルは、輸入ものと同じ『ワシントン』という品種なんです。これは味に関しては右に出るものがいない品種だと思いますよ」
 もともとワシントンは果汁たっぷりで果肉が柔らかく、内袋が薄くて食べやすい品種で、香りの爽やかさも抜群。しかもネーブルとしてはもっとも遅い晩生種なので、生っている時間も長く、じっくりおいしさを高められる利点がある。

 しかし、長距離輸送される輸入ネーブルのように完熟していないものは、酸味が尖っていたり、甘みが薄かったり、果肉が硬かったりと、本来の持ち味を発揮できない。  国産ワシントンネーブルなら最高のおいしさを実現できるはずなのだが、実際の栽培量は少ないというからおかしな話である。 「ワシントンは非常に病気に弱いんです。樹上にある時間が長いと、病気にかかるリスクも大きい。だから国内でも、あまり作られないのでしょうね...」  そんな品種を、網田ではあえて守り続けた。歴史あるネーブルを、とにかく高品質なものにと、地域で守り続けた味だったのだ。

こだわりの肥料で健やかに

 しかし一方で、そのこだわりは、ネーブル農家減少という問題を引き起こす一因となっていた。
「かつて網田にはネーブル農家が100軒以上あったのに、いまはもう5、6軒。みんな作りやすいデコポンに変えたり、廃業してしまったり...」
 日本の果実栽培は、農薬の規制が非常に厳しく、病気に弱いワシントンでは対応策がほぼない。もし病気で大打撃を受けてしまったら、経営は立ち直れないだろうと、坂本さんは表情を沈ませた。だから坂本さんも、一時はデコポンを増やそうとしたこともあったという。
「でもね。お客さんから、『坂本さんは1個でも多くネーブルを作って!』と言われちゃったんです。やっぱりおいしいんですよ、本気で!」

 信頼して楽しみにしてくれる人がいるかぎり、ネーブル作りはやめられない。そこで坂本さんは、木を健康に育てるための土作りにとことんこだわるようになった。
「うちでは農薬をほとんど使わないかわり、肥料は、確かな原料から作られる良質な有機肥料を選び、作物が必要な分だけを与えています。これで力強い果樹を育てるんです」
 坂本さんは大学教授が主催する勉強会にも参加し、必死に研究を重ねてきた。そして、ミネラルの不足が果樹の力を弱めるとの結論に達し、現在はミネラルバランスに重点を置いて土作りをしている。
「うちのネーブルは健やかそのもの。残留農薬もまったくなく、皮まで捨てずに使えます」
 また、高品質を維持するため、果樹の樹形も独特だ。背は高くないが堂々と横に枝葉を広げ、なんとも言えない風格を持つ。
「こうすることで、上下の枝で味にバラつきがなく、全体を高いレベルで作ることができるんです」

 12月からは最後の仕上げとして雨除けをかけ糖度を高め、2月に収穫。ひと月ほど寝かせて最高の状態に整えてから出荷している。
「いいものは、肌がしな〜っと滑らかで、吸い付くようなしっとり感があるんです。味はもちろん、手触りにも注目してみてください」
 今年の網田ネーブルも、まもなくお届け。楽しみにお待ちください。


網田ネーブルは販売中です。ぜひお見逃しなく!

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