静かな桃源郷の力強い歩み

飯田市天竜峡に近い原農園を訪れたのは昨年の7月末。
風景はいつも美しく変わらない。
農園では「もっとおいしく」という栽培姿勢が父から子へと引き継がれていた。

 原農園を訪れると、必ず立ち寄る場所がある。眼下に果樹園と伊那盆地が広がり、木曽の山々が霞んで見える山の上だ。目を転ずれば、崖下で天竜川が白銀に光っている。
「あれがうちの桃園」と原和俊さんが指す一帯が、他の果樹園より明るく見えるのは、気のせいだろうか。
「樹と樹の間隔が他より広いし、窒素肥料を与えないので葉っぱの緑色が濁らない。そのためかもしれんね」
 "明るい"という印象は、果樹園を歩くとさらに深まる。初夏の太陽が眩しい桃園では、白桃の収穫が始まっていた。

偶然、発見した白桃の樹

 原農園では、すもも、桃、ネクタリン、梨、柿、りんごを栽培している。いずれも美味だが、その代表は何といっても白桃だ。和俊さんは、白桃が好きでたまらないという。
「上品な色を見ているだけで『いいなあ』と思えるんだ」
 原農園の白桃栽培は、和俊さんの亡き父が50年前に植えた1本の樹が始まりだった。
「それだけが、不思議なことに他より遅れて旧盆の頃に熟した。そして滅法うまかった」
 和俊さんはその木から苗木を採り、1本、2本と増やしてきた。それが「おそらく岡山以外で栽培しているのはここだけ」という原農園の白桃だ。ただし、岡山では果皮を乳白色に仕上げるが、和俊さんは「見映えより味」と、積極的に日に当ててピンク色に完熟させる。「自分が食べておいしいと思えないものは作りたくない」というのは、和俊さんの口ぐせだ。品種も、白桃だけにこだわらない。
「こっちが『あかつき』と『川中島』。将来有望な『桜白桃』。『秘味黄金』と『黄ららのきわみ』は、晩生の黄桃」

 農園を歩くと、新しい品種が増えているのはいつものこと。収穫期が異なる桃を植え、旬の味をリレーしながら提供するためだ。それに、将来性のある品種を発見し、味を極めたいという思いも強い。
「今は晩夏から秋に熟す桃に注目している」と和俊さん。
 白桃に匹敵する美味の候補はいくつかあるらしい。自信作が実ったら、健菜倶楽部に出荷する約束だ。
 ところでよく見ると、以前、訪れた時とは白桃の樹形がずいぶん異なっていた。太い枝が伐り落とされ、細い枝だけに果実が実っている。2年前には「最新の剪定方法を試している」という若木が1本だけあったが、白桃のすべてがその樹形に変わっていた。

「それはそうだよ。いい技術はどんどん取り入れんとね。ただし、樹には癖があるから、教科書通りではないよ」
 原農園との付き合いは30年になるが、その間、栽培技術は、留まることなく進歩してきたように思う。農園は、標高480メートルの赤土の斜面にあり、水はけがよく、昼夜の気温の寒暖差も大きい。そんな適地の環境を味方に、肥料を抑え、草は刈らず、黒糖を発酵させて葉面散布する。病害虫を予防するために、LED装置を使う。
 原農園の進歩は止まらない。

引き継がれる農園のDNA

 和俊さんは、いつも、果物づくりが好きで好きでたまらないという様子をしている。
「そんなことはないよ。私も67歳。昔は朝、目が覚めると、早く作業を始めたくて飛び起きたけれど、今はそうでもないもの」
 しかし、それは年齢のためというより、長男の俊希さんが、誰よりも早く作業を始めているからに違いない。この日も、俊希さんは5時から収穫をして、午前中に健菜倶楽部のための箱詰め・出荷を終えていた。本格的に農業に従事して9年、年々たくましくなる息子に、父は少し甘えているのかもしれない。


「アハハ、とんでもない。父とは喧嘩ばかりですよ」と俊希さんは笑う。そして、「父の技術はすごいと思うけど、真似するだけでなく、もっと勉強したい」と言葉を続けた。
「今は、どんな作業も人に任せず、自分の手でやりたい。父のようにそれぞれの樹の癖をつかんで、最適な摘果や収穫、剪定をしたいと思う」
 農園では、探求心のDNAも受け継がれている。
原農園の「白桃」は、特別販売をしています。白い果肉に赤いサシが入った完熟白桃は、香りも甘みも超一流。まだ若干数余裕がありますので、ご希望の方は、7月24日(月)までに、お申込みください。

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