メロンひと筋30余年。 究めるのは味の調和とやさしさ

健菜果実屈指の名品、アールスメロンの産地を訪ねた。
そこには学究肌の名人が居る。

 「アートだ!」
 ファインダーをのぞいているカメラマンが感嘆の声を上げた。被写体は小山秀一さんのアールスメロン。収穫まで5日という果実は、整った球形に、レース編みのようなネットをまとっている。編み目は、細かく均質で美しい。
 声を聞いた小山さんの顔に、控えめな笑みが浮かんだ。
 「まだ、完全に仕上がってはいません。これから地肌の色が青磁色から黄白色へと変わり、肩がぐんと張って、全体に明るさを増す。それが収穫の時です」
 小山さんが、食べ頃を見極めて決める収穫のタイミングは、メロンがもっとも美しく見える瞬間でもある。初物を収穫・出荷した時は、「快心の出来」の一果を選んで、自宅の仏壇に供えるのが小山さんの習わしだ。
「すると、10日間は見ていることができますから」と。
 カメラマンに芸術作品と言わしめたそのメロンは、小山さんにとっても、かけがえの作品なのだろう。

厳しい自己採点

 有明海に面した熊本県海路口町の小山農園を訪れたのは、昨年の4月17日のこと。最初に案内されたのは、着果から40日、収穫まで20日ほどのメロンが生っているハウスだ。昼過ぎなのに、葉が萎れずに上を向き、光を浴びていた。同じ大きさ、色つやをもつ正球体のメロンが、同じ高さに浮いている。端正な農園だ。取材に同行した高い技術をもつトマト生産者から見ても、その様子は神業に近いという。
「とんでもない。今、点数を付けたら60点。苦戦中です」と小山さん。

 理由は寒さと悪天候の影響で、木が10日間ほど成長を止めたこと。作業に追われた1月、気候の予測と灌水の量を見誤った「人為的なミスだ」と小山さんは考えていた。
 「今、ここのメロンは快復期。収穫までの20日間で、納得できるまでに仕上げていきます」
 そのために何をするのだろうか。例えば......
「今日は日中、かなり水分が蒸発したので、夕方、株元に灌水をします。量はひと株500ミリ。夜間の呼吸を促すために酸素水にします」
 農大卒業後、30余年、メロン栽培に取り組んで来た小山さんは、学究肌の人だ。その栽培は理論立っており、精緻だ。問題があれば、科学的に考え、手間をかけて解決していく。

キーワードは「調和」

 次に取材班が案内されたのが、カメラマンが感嘆の声を上げたハウスだ。ここで、小山さんが考える理想のメロンについて聞いた。
 小山さんは「私がつくりたいのは、"甘かった"で終わるメロンではありません。"もっと食べたい"と思ってもらえるメロンです」と語る。
 そんなメロンのキーワードは「調和」と「やさしさ」だ。甘さ、舌触り、香りがやさしく調和するメロンを小山さんは目指してきた。
 そのため、糖度より果肉の質に魅力がある品種を選んでいる。堆肥は、籾殻、米ぬか、好気性菌体を混ぜて、発酵・熟成させ、糖を発酵分解させた葉面散布剤も自分で作ってきた。

1日に8回、小山さんはハウスをめぐる。その度にメロンは表情を変え、やるべき仕事を発見するという。
 「しかし、自己採点で80点を超えたことがない。まだまだです」
 さて、取材の20日後、60点と言っていた農園からは、見事なメロンが出荷されてきた。95点、いや100点を進呈したい品質だった。そんな小山さんのメロンは今年も4月下旬から収穫が始まる。

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