「おいしい」は当たり前。 きゅうりに込めた心までご賞味あれ。

きゅうりの専門農園を滋賀県野洲市に訪ねた。 会ったのは「おいしい」だけでは足りないという生産者だ。

「おいしいのは当たり前。それが最低ラインで、その先をどうするかだと思う」
 北中良幸さん(43歳)は、農園で栽培しているきゅうりについて、そう話し始めた。27歳で就農して以来、おそらく熟考してきたことなのだろう。「その先」を語る口調はキッパリとしていた。
「つくりたいのは、おばあさんが孫のために育てている、きゅうりです」
 おばあさんは、収穫量を高めるために肥料や農薬を大量に与えることはしないし、野菜にむやみにストレスを与えるようなつくり方もしないだろう。おいしく食べてもらうために、ていねいに愛情を込めて育てるはずだ。
 とはいえ、栽培方法や食味値と違い、目に見えない理念は消費者には伝わりにくい。
「誰しもがそう言います。でも、その姿勢は守っています」
 では、農園ではどのようにきゅうりを生産しているのだろうか。

多様なスタッフが 支える栽培

 北中農園があるのは、琵琶湖の東南岸にある滋賀県野洲市。古くから東西交通の要衝として栄えてきた、自然豊かな地域だ。じつは、北中さんの先々代は、滋賀県で最初に、きゅうりのハウス栽培を竹組みで行った人物だったらしい。だから北中家のきゅうり栽培歴は100年を超えている。
 けれど、北中さん自身は、学校を出ると種苗会社に就職。その体験を通じて、農業のあり方を考えるようになり、改めて、新規就農したのだという。当初は、トマトをはじめ、色々な野菜栽培の可能性を探ったが、「自分たちの野菜だとアピールできるのはこれしかない」と、結局、きゅうり栽培に専念するようになった。

 訪れたハウスでは会えなかったが、農園では、正社員、子育て中の女性、高齢者など、さまざまな人が働いている。そして、それぞれが働きやすい時間に就業できるように自分たちで調整しているのだという。
 複数の福祉作業所からも人材が収穫作業に来ている。その人たちから学ぶことも多い。
 ていねいにハサミを入れながら、素直に「大きく育ったなあ」、「たくさんとれたな」と喜ぶこともその一つだ。
「彼らこそ『孫のために収穫するおばあさん』と同じだ」と。
 ちなみに秋になると、ハウスの前には、稲藁と籾の小山が出現する。畑にすき込んで土壌改良や肥料として利用したり、地表に敷いて雑草予防や地表の温度を適度に保つのに使うものだ。これは、すべて収穫を終えた自分たちの田んぼから、運んできたものだ。「米づくりをしているのではなく、藁づくりをしているようだ」と北中さんは笑うが、これも、「おばあさんのきゅうり」にならったやり方だ。

子どもがやりたい農業へ

 実は北中さんには、「子どもたちからやりたいと思ってもらえる農業にしたい」という強い思いがある。だから、安価で大量生産を強いられる野菜ではなく、消費者から価値を認められるものをつくる。地域とのつながりも大切にしていて、農業の魅力を子どもたちや住人に伝えることにも取り組んでいる。地域の学校給食は、このきゅうりだ。
 「こうしたことを続ければ、『おばあさんのきゅうり』の魅力も伝わるし、子供たちが農業に向ける関心も深くなると信じています」
 この日、見学させてもらったハウスの中は、思いの外、乾燥していた。生っているきゅうりはうぶ毛もトゲも猛々しくて、健康そのものだ。もぎ取ると、ヘタからたちまち果汁が溢れてくる。ポリポリかじると、爽やかな香りが立ち上る。
 「おいしい」と感想を言うと、「それが当たり前」と北中さんに返された。残念ながら、おばあさんの愛情は、舌では味わえない。本稿を通じて、それが伝わると良いのだが...。

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