打ちたてを超える美味の不思議
蕎麦を目的に、奥会津の小さな宿に定期的に出かけていた知人がいます。最初にその話を聞いたのは、25年くらい昔のことでした。当時は、そんな行動が珍しく、また、その旅のメンバーが雑誌の編集者など流行に敏感な人ばかりだったこともあり、少し羨ましく感じたものです。
「忙しい人たちが、泊まりがけで食べに行く蕎麦とは、どれほどのものなのか」と興味津々でしたが、「仲間に入れて」と言い出せないまま、時間が過ぎていきました。
その数年後、健菜倶楽部が、奥会津の名人の蕎麦を大晦日に直送するというではありませんか。その時、閃くものがありました。
もしかしたら、食べる機会がないままの、あの蕎麦かもしれません。
くだんの知人に問い合わせると、通っている宿の名は紅葉館、主の名は星林太郎さんだといいます。それに、彼女たちの旅には、ダイナースクラブの会員誌『シグネチャー』ゆかりの人物が参加していることも判明。間違いなく、気になっていた蕎麦です。
でも、正直に言って、その時は首をかしげました。なぜ、健菜倶楽部はわざわざ遠方から送らせるのか。いくら名人の蕎麦でも、輸送の間に風味が落ちてしまうのではないか、と。
とはいえ、食べてみたいという思いは強く、その年のわが家の年越し蕎麦は、健菜の蕎麦に決めました。
そして、その日、「これは旨い」と言いつつ、1年を締めくくったのです。
以来、年越し蕎麦の定番になり、最近は、折々に取り寄せるようになりました。
それにしても不思議な蕎麦です。蕎麦の真髄といえば、挽きたて打ちたてにあるはず。それなのに、輸送に1日かかる健菜蕎麦は、まったく遜色がありません。蕎麦の1本1本がきりりと美しく、ゆであげると艶やかに輝きます。鴬色のベールを被っているように見えるのは、実の甘皮の名残かもしれません。
つるつると喉ごしがよくて香りが高く、風味が豊かです。同梱のそばつゆは、上品で甘味が少なく、かつおだしが効いている通好みの味。
これほどの蕎麦を食べさせる店は滅多にないと思っています。
いったい何が違うのでしょうか。蕎麦の実の品質、粉の挽き加減やブレンド、打ちあげる技、裁ち切る技など、色々な違いが積み重なって、この味が生まれるのでしょう。
実は最近、となり駅の住宅街の真ん中に、「蕎麦打ちにこだわっています」といった佇まいの店を見つけ、いそいそと出かけてみました。久しぶりにおいしいお蕎麦がいただけそうと期待したのですが、結果は......残念。蕎麦は香りもよいし、悪くないのですが、何というか、感動がありません。
「今年の大晦日も健菜の蕎麦にしよう」と、小声で夫と相談したのでした。
(ライター 神尾あんず)
昨年の3月下旬、熊本県植木町の片山農園を訪ねた。「ひとりじめ」の収穫開始から4日目のことだ。 1週...
働き者に感謝して トースト用の食パンは、6枚切りと決めていますが、お店で一斤のままで買おうかと迷う...
「温度管理が肝心」と話す田畑さん。1日に何度もハウスの屋根や窓を開けしめする。 有明海に面した風...
柿の収穫も終盤を迎え、今は干し柿づくりの真っ最中です。私たちはあんぽ柿と市田柿をつくっていますが、...