じつは甘い!南高梅 自然落下の完熟を待つ

収穫最盛期の6月。梅林が広がる梅の里は、 甘酸っぱい香りにつつまれていた。

 南高梅の生産者・井澗(いたに)正晴さん(45歳)を訪ねたのは、昨年の6月半ば。じつは、この時期の訪問は心苦しかった。南高梅の収穫最盛期を迎えて、産地一帯が熱を帯び、生産者は忙しくて寝る間もないと聞いている。
 取材前に、南紀田辺地方卸売市場に立ち寄ってみると、収穫された南高梅が次々に運び込まれ、競り落とされていく。
 「今はギアをマックスにあげている」と話す市場関係者は、立ち止まる時間さえ惜しい様子。まして、梅雨の合間を縫うように作業している生産者に、取材に割く時間はあるだろうか。

山あいの栽培適地

「いえ、大丈夫ですよ」
 井澗さんは、われわれの心配を和らげるように大らかな笑顔で迎えてくれた。
「まだ、ちゃんと寝ていますから」と。
 山の斜面にある農園の標高は130メートル。海岸近くの農園より気温が低く、収穫のピークが数日遅くなるのだという。そして、それがここの魅力でもある。風が抜け、陽当たりも水はけもよくて、昼夜の寒暖差も大きい。冬から春にかけての気温の上昇も緩やかに進むので、梅の結実から完熟までに時間がかかる。

「完熟すると結構甘い。意外でしょうが」
 完熟梅の糖度は12度近いという。その糖度が、梅干しに加工したときに、味の決め手の一つになるに違いない。
 ご存知のとおり、紀伊山地の南懐に抱かれたみなべ町と田辺市は、梅の一大生産地だ。そして梅のトップブランド「南高梅」の梅干し生産地として名を馳せている。
 その歴史は古い。江戸時代から梅の栽培が奨励され、その梅干しは、将軍にも献上されていたという。明治時代には、とりわけ大きな実がなる樹が発見され、その1本を母樹にして、現在の南高梅が誕生した。
「何代も続いている梅農家が多いのですが、私はまだ3代目」と井澗さん。それでも樹齢80年の老木があるという。
「現役で働いてくれています」

自然落下の完熟梅で

 梅の生産者には二つの仕事がある。一つは果樹栽培。もう一つは梅干しづくりだ。収穫した梅を塩漬けにして、7月下旬には天日に干して梅干しに仕上げる。そこまでが梅農家の仕事だ。おいしい梅干しをつくるには、漬け込みの技もさることながら、梅そのものの品質がものをいう。
 その栽培のポイントは何だろうか。
「いろいろあるけれど、一番は剪定かな」

 残念ながら、取材日は時折小雨が降る空模様。光を撮影することはできなかったが、盃のように枝を広げている樹形からは、晴天の日、太陽の光がまんべんなく降り注ぐ様子が想像できる。
「この木に近づけていきたいんです」
 井澗さんが示した老木の樹形は、ゴツゴツとして独特だ。栽培の指南書に例はないが、その樹が実らす南高梅の収穫量、実の大きさ、果肉の緻密さは抜きんでているらしい。

「何年も先の樹形を想像しながら、ハサミを入れる剪定には"これでいい"という終わりがない。一生、迷い考えることになりそうですね」
 数日後に収穫のピークを迎えるという農園では、地面に張り巡らされた青いネットの上に、梅がコロコロと転がっていた。生産者は、樹上から手作業で収穫したものを「取り梅」、完熟し、自然落下したものを「落ち梅」と呼んでいる。
 ネットでとらえた落ち梅は紅がかった黄金色。きらきらと産毛が光り、美しい。そして甘い香りがする。手づくり用に健菜俱楽部に出荷するのも、井澗さんが梅干し用に漬け込むのも、この落ち梅だ。
 皮が薄くて大粒、種が小さくて果肉はねっとりと甘く、そして酸っぱい。そんな南高梅が届くのを楽しみに待ちたい。

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