50余年、培った技を伝えつつ 父子でつくる小玉すいか

昨年の3月下旬、熊本県植木町の片山農園を訪ねた。「ひとりじめ」の収穫開始から4日目のことだ。

 「今まででいちばん良い出来ですよ」
 片山安一さん(74歳)は朗らかだ。これまでも取材の度に、安一さんがすいか栽培に全力で取り組み、そしてそれを楽しんでいる様子を見てきたが、こんな発言を聞いたのは始めてだ。まして、農園を訪れた昨年の3月、熊本の農家の多くが、1〜2月の寒波の影響を受けて苦戦していただけに、安一さんの言葉は意外でもあった。
 何か秘訣があるのだろうか。「寒い時は加温を徹底して対処しているから」と安一さんは説明するが、それだけではないようだ。
「実は1年前、息子の隆広が本格就農して、痒い所に手が届くようになった。どの畑も見事ですよ」
 長男の隆広さん(56歳)は高校教師だった。「辞めるのは惜しい」という人もいたが、「父の技術を引き継げるのは今しかない」と就農を決めたという。
 父の安一さんは、「息子の決断のおかげで、70歳を超えてから衰えがちだった元気が復活した」と喜んでいた。

小玉の常識を変える

 片山農園は、全国にすいか名産地として知られる熊本市北区植木町にある。この地で安一さんは50年余り、すいかを生産してきた。小玉すいかをつくり始めたのは約30年前。そして、「小玉は食感も味もイマイチだ」という巷の評価を一変させた立役者といっても過言ではない。
 それを可能にしたのは、それまでのすいか栽培とは異なる小玉に適した育て方を編み出してきたからだ。さらにそれを地域の仲間にも広めて、小玉の評価を高めるのに貢献している。
 例えば、接木。すいかは病害抵抗性を高めるために接木栽培をする。従来は、成長速度を早める干瓢を台木に利用していたが、安一さんは樹勢がやさしい冬瓜の台木に変えた。これが、おいしい小玉すいかづくりの糸口だったという。

 小玉すいかは1株2果採りをする。その2果の玉を揃えて、均質に育てていくのには、「技が必要だ」と安一さんは言う。水やり、加温と換気、葉やつるの伸ばし方、芽切りなど、すべての作業に適期がある。
「そのタイミングを見定めるのは、50年かけてものにした勘です」

父から学び、 その先を 目指す

 一方、「でも、私には父のように50年も時間はありません」と言って笑うのは隆広さんだ。だからデータをとり、記録をつけている。父が経験から編み出した栽培法の理論的裏付けを求めて、勉強し、調べることも多いという。
 「何を聞いても父には答えがある。引き出しがすごく多い。それはたくさん失敗してきたからだろうと思います」
 おそらく、その通りだ。

 さて、間もなくお届けするのは、父子共作2シーズン目の「ひとりじめ」だ。取材の際、「おいしいの定義は『甘い』だけではないはず。本当においしい味を探していきたい」と隆広さんは語っていた。「でも、まだ、芽切りのような難しい作業は、父から任せてもらえません」と頭をかいてもいたのだが...。今シーズン、隆広さんはどれぐらい、仕事を任されただろうか。
 片山農園から届く、「ひとりじめ」は毎年、期待を裏切ることがない。シャリ感が素晴らしく、舌に爽やかな甘みが残るすいかのお届けは間もなくだ。

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