紅色だけれど、黄金桃。 素手で収穫する理由

果皮は紅色、果肉は杏色。 味の良さを追求する農園を訪ねた。

「今日が初どりですよ」  にこやかに取材チームを迎えてくれたのは吉池稔晴さん、恵美さん夫婦と息子の功太朗さんの一家だ。長野県須坂市の吉池農園を訪れたのは昨年の8月22日。この日、一家は黄金桃の収穫を始めたという。果樹園では黄金桃の産毛が金朱色に光っていた。
 黄金桃は、果皮が黄色いまま出荷するために袋がけ栽培されるのが主流だ。しかし、ここでは「見た目より味が大切」と袋がけはしない。太陽をたっぷり浴び、昼夜の寒暖差にさらされて糖度を高めた黄金桃は、赤く染まりながら熟していく。
 その一つ一つ異なる収穫のタイミングを逸しないために、作業は一家だけで行っている。手袋は決してしない。
 

「素手だから『収穫まであと3日』『今だ!』と分かる」と稔晴さん。
「私の手も、だんだん感覚を覚えてきたけれど、父の手には遠く及びません」と言うのは息子の功太朗さんだ。

手をかけすぎないこと

 千曲川の東岸、北信五岳(戸隠山、飯縄山、黒姫山、妙高山、斑尾山)をはじめとする山々に囲まれた扇状地にある農園は、水はけがよく、昼夜の寒暖差が大きい。日照時間にも恵まれている。この果実栽培の適地で稔晴さんは、39年前に黄金桃の栽培を始めた。きっかけは「まだ、作っている人はいないが、やってみたら」と種苗の専門家から苗木を譲られたことだった。しかし、栽培法はわからないことだらけ。農業技術員に疑問をぶつけても、納得できる答えは得られなかった。以来、工夫を重ねてきて、今では「やってきたことが正しかったと思える」という。
 その栽培法の要は何だろうか?

「手をかけすぎないこと!」
 稔晴さんの返答は素早くてそして直球だった。
 「肥料にせよ、消毒にせよ、一生懸命やりすぎるのがダメなんです」
 吉池農園では鶏糞堆肥だけ、それもごく少量撒くだけだ。化学肥料はゼロ。だから、土壌の調査をした時に「土が痩せすぎている」と驚かれたことがあるという。けれど、農園の木々は、毎年、見事な実をつける。
 「よくこれだけ大きくなるね、と今日は父と話していたんです」というのは功太朗さんだ。功太朗さんは、農業試験場に就業していたことがあり、肥料を大量に施す作物栽培を経験しているだけに、慣行栽培と違う父のやり方からは学ぶことばかりだという。
  「お父さんの『手をかけない』というのは放任とは違う。毎日、毎日、木を良く見ているもの」というのは恵美さんだ。木々の葉を15倍のルーペで見て回るのが稔晴さんの日課らしい。「手をかけすぎない」という信念は、果樹にとって必要なことだけを見極める技術が土台になっていた。

「お父さんの『手をかけない』というのは放任とは違う。毎日、毎日、木を良く見ているもの」というのは恵美さんだ。木々の葉を15倍のルーペで見て回るのが稔晴さんの日課らしい。「手をかけすぎない」という信念は、果樹にとって必要なことだけを見極める技術が土台になっていた。

楽しさも引き継いで

「樹形が落ち着いた木においしい実が生るんです」
「雑草も肥料になる。除草剤なんてもってのほか」
「これは、39年前に私が最初に植えた木。今も現役」
 稔晴さんが発する言葉からは、真剣に果樹栽培に向き合うと同時にそれを楽しんでいる様子がうかがえる。その感想を伝えると、「両親を見ていると、大変だけれど辛そうではないんです。楽しそうに農業をやっていますよね」と功太朗さんも同意見だった。こだわりの農法とともに、果実栽培の楽しさも、父母から子へと引き継がれているようだ。
 黄金桃の収穫は8月下旬から始まる。今年も楽しみだ。

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