絶景農園育ち 最おくての蜜柑は初夏の味

河内晩柑は、数ある晩生種の中でも最終ランナーだ。
蜜柑だが初夏の味。八代海を望む農園に生産者を訪ねた。

熊本県宇城市の中山農園を訪れたのは昨年の3月下旬。早朝から春時雨に見舞われたが、農園に到着する頃には晴れ間がのぞいた。そして、童話の挿絵のような景色が出現した。鮮やかなオレンジ色の実をつけた果樹がどこまでも連なる、緑のトンネルだ。
 遠景はさらに美しい。農園は八代海に面した山の南斜面に開かれている。頂に立つと、眼下に山裾まで連なる段々畑と光る海、そして天草の山々が霞んで見える。段々畑にあるのは全て常緑の柑橘類。絶景だ。

ベテラン親子に迎えられて

「河内晩柑の収穫直前。良いタイミングで来てくれました」
 取材チームを歓迎してくれたのは中山浩治さん(67歳)と、達朗さん(42歳)親子だ。浩治さんは柑橘づくり50年、大学卒業と同時に就農した達朗さんも、20年になる柑橘栽培のベテランだ。  農園では収穫期が異なる様々な柑橘を栽培している。
「温州みかん、熊本文旦(パール柑)、デコポン、はるか、ポンカン、レモン、スイートスプリング...」と浩治さんは、栽培している柑橘の名を挙げていく。
 その最後に挙がったのが「河内晩柑」だ。冬の温州みかんから始まる柑橘シーズンのラスト、初夏に登場する晩柑である。

「うちは4月〜5月に収穫しています」と浩治さん。
 一般に河内晩柑は、糖度が高い3月頃に収穫し、1カ月ほど貯蔵して酸を抜いてから出荷する。けれど、中山農園では木生りで完熟させ、収穫後、時間をおかずに出荷する。手間がかかるが、熟度が進むにつれて糖度と旨みはさらに上がり、酸は自然に抜けていく。採りたてのフレッシュな風味が味わえるのも魅力だ。
 実は河内晩柑は4月には新芽が出て、5月には花が咲く。その間に実をつけたままで完熟が待てるのは、果樹にそれだけの力があるからだ。それはどのように栽培されているのだろう。

佳味を生む土台

 農園は、急斜面の段々畑ならではの水はけの良さに恵まれている。陽光がふんだんに注ぎ、冬も暖かい。その上、八代海からは潮を含んだ風が吹いて病害虫を防ぎ、また、果実の風味を高める助けをしてくれる。

 この自然環境が、柑橘の佳味を生む土台だ。
 この地で浩治さんは、農薬を減らし、除草剤を使わず、肥料にも工夫を重ねてきた。化成肥料は使わず、海藻などを合わせた堆肥を施して、微生物の働きが活発な土壌づくりに取り組んでいる。
 果実が細い枝の先に生るように、樹形は、本人の言葉を借りると「やわらかい剪定」で整えられている。河内晩柑は下降枝が長いため、枝が果実の重さで、弓形に曲がっている。その結果、実に十分に養分が集まり、果肉も果汁も充実していく。
 果皮は枝が当たっていただけでも傷むほど、デリケートだが、袋がけはしない。見栄えより、味が優先だ。
「さて、出来はどうかな」
 すすめられるがままに試食をしてみると、想像を超える甘さだった。酸味もしっかりある。果汁が多く果肉はフルフルとしてやわらかい。
「これから少しずつ変わっていきますよ」
 浩治さんによると、収穫が後になるにつれて爽やかでさっぱりした食味になり、果肉はプチプチした歯触りに変化するのだという。どちらもおいしい。
 じつは、50年前の中山農園は1ヘクタールしかなかったという。今では5ヘクタールに広がった。「苦労も多かったけれど夢中だった」と浩治さんは昔を振り返る。
「では、後継者の達朗さんに期待していることは?」と未来のことを尋ねてみた。すると意外な答えが返ってきた。
「息子には楽しんで農業をやってほしい」
 素敵な答えだった。

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