「今日は、ツルに会えるだろうか」
タンチョウヅルに出会えるのは、石井農園を訪ねる大きな楽しみだ。2.5メートルにもなる翼を広げて飛来する姿の風格と優雅さといったら......。
けれど、そんな期待を口にすると、やんわりと石井悟さんに釘をさされてしまった。
「あの子らの悪戯は、悩みの種なのですが」と。
石井さんを悩ませるのは、特別天然記念物のタンチョウだけではない。キタキツネやエゾシカなども頻繁に現れて、畑を荒らしていく。なにしろ農園があるのは、広大な釧路湿原に隣接する地域。国立公園の外にあるとはいえ、大自然のただ中だ。
「タンチョウが畑にいると、ぼくも作業の手を止め、眺めてしまう。うちが安心・安全なことを、分かってやってくるのだろうとも思います」
石井さんが栽培している野菜は多い。キャベツ、ごぼう、長ねぎ、ピーマン、米なす、だいこん、甘長とうがらし、ほうれん草......。特に8月から10月は、野菜の収穫が目白押しだ。
「忙しすぎて、手が回らない。雑草を見られるのは恥ずかしい」と石井さん。
まず、ピーマンのハウスを見学すると、確かに園地は雑草だらけだ。でも、除草剤などを長年使っていないから伸びてくる種類のやさしい雑草だ。
「このピーマンはゴンと肩が張っていてきれいでしょう。肉厚で甘いですよ」
石井さんはいつも、愛おしそうに野菜を語る。
「大きすぎて、食べにくくありませんか」
食べる人の反応に耳をそばだてるのも、いつものことだ。「やわらかくて、食べ応えがあり、ピーマンの肉詰めにしたら最高だ、と言われています」と報告すると、石井さんは破顔した。
「そうか、よかった」
長ねぎをめぐっては、栽培方法について熱心な会話が続いた。石井さんは、長ねぎの成長とともに土を盛り上げていく、昔ながらの栽培をしている。その軟白部分を長く伸ばす工夫を始めていた。
この日、どの野菜についても、石井さんからは「こうしたらどうだろうか」「こうしてみたい」ということが語られたのだった。
「農業が好き」と言う石井さんが、会社勤めを辞めて、野菜の栽培を始めたのは25年前のことだ。実家は兄が継いでいたので、一から農園を切り拓いてきた。この一帯は広大な牧場ばかりで、野菜栽培をしている農家はめずらしい。
「はじめはほうれん草を栽培しましたが、経営は軌道にのらず、多品種栽培に変えました」
それをすすめたのは、当倶楽部の生産担当だ。それは、農園の自然条件と生産者の誠実な人柄を見込んだからである。有機成分とミネラル分を含んだ泥炭土と、砂がほどよく混じっている土壌は野菜栽培に最適だ。夏は海霧をもたらす季節風が吹くため、野菜はゆっくりと成長して、味を高め、葉も実もやわらかくみずみずしさを増す。
「いろいろな野菜を栽培してみたら」というアドバイスは的確だった。本人の研鑽もあり、今では、石井さんは「釧路の夏野菜生産者」として料理人の間でも知られている。
けれど、「人と同じではつまらない」という本人は、まだ満足しているわけではないという。
「石井のだ、とすぐに分かる野菜をつくりたい」
そのために、忙しい毎日が今日も続いている。
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