「本当は別の畑を見て欲しかったのですが......」
西野幹郎さん(30歳)は、少し残念そうに取材班を迎えた。浜松市東部の農園を訪れたのは、昨年の1月末。朝から寒風が吹き、農園到着時には小雪が舞い始めていた。
残念だという理由のひとつは、1ヘクタールある広大な畑の収穫がすでに終わっていたことだ。
「一面、ねぎで埋め尽くされて壮観だったのに」と。
二つ目の理由は、長ねぎの葉身(葉の緑の部分)から、緑色が抜けて白く枯れ始めていることだという。
「寒くなると緑色がどんどん抜けていく。肥料を与えていないので、どうしてもこうなります」
しかし、白い葉身が混じる畑は、じつはとても美しい。これは葉身の養分が葉鞘(茎に見える白い部分)に送られた状態だ。しかも濁りがなくて、窒素分などが残っていないことが分かる。完熟といってよいのかもしれない。実際、長ねぎは、葉が白くなると、糖度と旨みを高めていくという。
「最もおいしい時期を〝旬〟というなら、今が旬。焼いてもいいし、鍋などで、たくさん食べてほしいですね」
じつは、西野さんは新規就農者だ。以前は名古屋のIT系企業で働いていたが、6年前、農業の勉強をするために農業法人に転職。その3年後に独立し、専業農家として、米づくりと長ねぎづくりを始めた。
農業に目覚めたきっかけは、義父の米づくりを手伝ったことだった。小規模ながら無農薬・無化学肥料で自然栽培を続けていた義父の姿に共感したという。
だから、西野さんは、「農業をやろう」と決断すると同時に「無農薬、無化学肥料で」と決めていた。そして、余計な肥料を与えず、薬品を使わず、有用菌や浜名湖産の牡蠣殻を利用して、健やかな土づくりをしてきた。
ただし、この地の土の質は、少し厄介だ。畑を覆っているのは、黒ボクといわれる重くて硬い土。一般には長ねぎは砂地栽培が適しているといわれる。その方が作業が楽だし、長ねぎもススッと伸びるからだ。
長ねぎ栽培では、成長に合わせて、葉鞘が光を浴びないように土寄せを繰り返す。西野さんの場合は、5月に定植をして、収穫開始の11月中旬まで、5回土寄せをする。
「土が重くて、作業はたいへんです」
しかも、重い土は、長ねぎにとってもストレスになる。
「でも、そのストレスが作物を丈夫にして、味を良くするのに役立っています」
重い土に勝って、頑強に成長した長ねぎの背丈は低い。一方、太くて甘く、香りも高く、そして旨みも増していく。
この日、「太いでしょう」と言いつつ、畑から抜き出した長ねぎは、身がきゅっと引き締まり、力強い姿をしていた。
ちなみに、普通の長ねぎの糖度は9〜10度だが、この農園の平均は13〜14度。16度に達した時は、西野さん自身が驚いたという。
「会社員の頃は、月曜日が何となく憂鬱なこともありましたが、就農後は一度もありません。毎日、楽しいですね」
では、これからの目標は?
「もっとおいしいものを作りたい、に尽きるかな。プロとしては、野菜の姿形も整えたい。技術を磨きたいですね」
西野さんは、今季、本格就農後、4回目の長ねぎづくりに取り組んでいる。寒さがつのり、ますます甘みを増していく長ねぎの〝旬〟をぜひ、楽しんでください。
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