浜松市の南部、浜名湖から2キロほどのところに農業ハウスが並ぶ一帯がある。この地区では、1960年代に三方原用水路が整備されたのを機に、全国に先がけるように野菜の施設栽培が盛んになったという。石塚勝一さん(65歳)の農園もその一つだ。
農園を訪問したのは1月下旬。コートを着ているのに寒がっている取材班をよそに、石塚さんはすこぶる軽装だった。
「ハウスで仕事をしていたら汗をかきますから」と。
「私の農業歴は48年。健菜さんとのお付き合いは、もう30年ぐらいになりますね」
石塚さんが栽培しているのは、小松菜とほうれん草、ぬき菜(若い大根の葉)の三種。いずれも周年栽培だ。夏季を除く、春秋冬は、播種を繰り返している。
だから、播種後45日で収穫中の小松菜の畝の隣りには38日目の畝があり、その手前には31日目の小松菜が育っている。今も1週間に2回は何らかの種蒔きがあり、毎日、収穫があるという。
そのハウスは、空気がからりと乾燥して清涼だ。小松菜もほうれん草もいきいきと勢いがあり、緑色が美しい。「肉厚でおいしそうですね」と感想をもらしたら、「まあまあです」と石塚さんは照れつつ、顔をほころばせた。
「小松菜もほうれん草もこれからが味のピークです」
2月は寒さが厳しい一方で、日毎に日照時間が伸び、太陽の光が強くなる。それが葉を肉厚にして、糖度と旨みを高めていく。「どんな季節でもおいしい野菜を、と生産していますが、自然が味方をする3月の味には敵いません」
では、おいしい野菜とはどんな野菜なのか。石塚さんの答えは簡潔だった。
「素直に育ったもの」
野菜にえぐみや苦みがあるのは、育つ過程で何かがこじれた結果だというのだ。はて、「こじれる」とは?
「例えば、土壌と野菜の相性が悪かったり、病害虫や肥料のやり過ぎなど、こじれる要因は色々です」
そんな石塚さんが最も力を注いできたのが、農園の土壌改良だ。この一帯の土は、非常に粘りの強い赤土だ。水はけが悪く、葉物野菜に適した土とは言い難い。だから、化成肥料は施さずに、有機肥料や籾殻を加えて、空気を含む土に変えてきた。微生物が豊富で活発に働く土壌だ。
昔は酷い病害虫の被害にあったこともある。消毒薬に頼ったこともあるという。
「でも、今は農薬に頼る必要がありません。色々な菌が活動していて、土壌のバランスが良いから、病害虫が寄ってきません」
素直に育つ野菜は、健康な土に根を張っていた。
ところで最近、石塚さんが危惧していることの一つは、ひしひしと感じる温暖化の影響だ。昔は冬の朝には野菜がよく凍結していたが、最近は凍ることがない。夏季の熱が貯まっていて地温が高いのだろう。昔のように、冬、凍った外葉を取り除いて出荷する必要はないけれど、気温が高くなる春栽培では、質を保つのに苦慮するという。
さらに、最近は収穫量が上がる品種を選んで栽培する農家が増えていることに、石塚さんは忸怩たる思いがある。収量第一の品種は味が良くない。採算を考えると、生産者としては仕方がないのかもしれないが、それが消費者の野菜離れを招くのではないだろうか。
「私は、おいしい野菜を育てることを続けたい。そして、おいしさで野菜を選ぶ人が増えることに期待しています」
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