「予報では明日からは雨が続くので、今日は忙しい」
そう話す佐原敏樹さんの農園を訪ねたのは、6月半ばのこと。今季の収穫が始まって1週間ほどの農園では、佐原さん一家を中心に、何人ものスタッフが作業に追われていた。早朝、土から掘り出し、太陽の光に当てていたメークインを、1個ずつ取り、手で土を払っていく。その作業は手早くて、そして丹念だった。
雨が降ると、畑を覆っている粘土質の赤土は重くぬかるみ、歩くことさえおぼつかなくなる。土が乾くまでは収穫もできない。取材に、貴重な時間を割いてもらうことになった。
佐原農園は、静岡県湖西市の遠州灘に近い台地にある。真っ赤な赤土で覆われている三方原台地の南端だ。赤土は養分が少なくて痩せている。栽培できる作物が限られ、昔は敬遠されていた。けれど、水はけも水もちもよく、丹念に土を耕して、作物の根張りを良くすると、他では得られない、おいしい作物が育つ土壌となる。さらに温暖で全国有数の日照量にも恵まれた一帯は、「三方原みかん」や「三方原馬鈴薯」の特産地として名を馳せている。
この地で、佐原さんが「薬になる野菜を育てよう」と心を決めたのは、30余年前のことだ。きっかけは、子どもの小児ぜんそく。
「毎日の食べ物が健康のもとになる。それまでは、そんな当たり前のことを気に留めていなかった」と当時を振り返る。
子どもの健康のために栽培を始めた「薬になる野菜」とはどんな野菜なのだろう。
「簡単です。子どもが『おいしい!』とたくさん食べるもの」
佐原さんの返答はよどみがない。その野菜を育てるために、植物の生理について学び直し、農薬や肥料をギリギリまで減らす農法に切り替えてきたのだという。特に注目したのは、収穫量を増やそうと、大量に窒素肥料を与えることの弊害だ。
「じゃがいもがゴジゴジするんですよね」
えぐみなどがあり、味が悪くなることを佐原さんは「ゴジゴジ」と独特の表現をした。
「人の身体にとって良いわけがないですよね」と言いながら。
佐原さんの畑の近隣には、慣行栽培のじゃがいも畑がある。両者は葉の色が大きく違う。佐原農園の葉は薄い緑色だが、慣行栽培のほうは深緑色。収穫間際の葉は前者が黄色く枯れているのに、後者は濁っている。肥料が過剰だと、それを消化しきれない作物は、硝酸態窒素を葉や茎に生成してしまう。有害な物質だ。それが、作物の味にも影響する。これがゴジゴジの原因だ。
「うちの葉は濁りがないでしょう。健康だからね」と佐原さんは言う。
「薬になる野菜」を育てようと決めて30年。今やベテランだが、失敗はないのだろうか。
「ありませんね」と涼しい顔で答えてから、「昔は、手探りのこともあったけれど」と付け加えた。試行錯誤を重ねて今がある。では、その間、変化はなかったのだろうか。
「植物の生理や栽培に関する情報が増えました。それに、新しい栽培技術も取り入れています」
例えば、日照不足の時の対処、土の中の窒素と酸素のバランスの取り方、ミネラル分の散布など、色々ある。そこには、異常気象や天候不順に対して、技術でカバーしていきたいという意気込みも感じられる。
「これでいいという終わりはありません」
この日、農園にはミネラルを含んだ汐風が吹いていた。自然の恵みと生産者の研鑽が、おいしい野菜を生んでいる。皮が真っ白で光沢があり、つるつるとなめらか。味はホクホクとしてデンプン量が多くて甘みがあるじゃがいもだ。農園では、これから収穫に追われる忙しい日々が続く。
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