「野菜づくりについても取材させてください」
そうお願いすると、中村昭一さん・玲子さんのふたりは、「ちょっと恥ずかしい」と笑った。 「自分たち用だから」と。
上越市吉川区の山間部で健菜米コシヒカリを生産している中村さんの棚田に、取材チームは三十年近く通っている。けれど、その自家菜園について紹介するのは初めてだ。
「野菜は買ったことがないわね」
玲子さんがこう話したのは、以前、冬の生活について質問した時のこと。「冬の間に食べる生野菜は、雪が積もる前に収穫して保管庫で貯蔵しているキャベツや白菜、大根などね」と言い、「それに飽きた頃に、山菜が顔を出すのよ」と言葉を続けた。雪解けを待って、棚田の畦や家の周囲に山菜が顔を出す。
そして四月、米の育苗と同時に、野菜づくりも始まる。
取材時、ハウスの一つには、田植えを待つ苗と野菜の苗が同居していた。なすやピーマンだけでなく、百日草やサルビア、かすみ草などの苗もある。
「いちばん花が咲きましたよ」
昭一さんが指さしたのは、トマトだ。永田農法による米づくりでは右に出るものがいない昭一さんだが、「トマトも」と技術を磨いてきたらしい。
「最近はね、かなりよい出来ですよ」とにっこり。
ハウスには果樹もある。いちじく、温州みかん、ぶどう、金柑、ブルーベリー、橙......。雨や雪の影響が少なくて、水管理が容易なハウスで栽培すると果物が甘くおいしくなるのだという。
ここにはニワトリたちもいる。烏骨鶏、名古屋コーチンと新潟地鶏のあいの子など、鶏種もカラフル。生まれたばかりのヒナの「ピヨピヨ」という可愛い声が途絶えることもない。
ふと、気づくと玲子さんが姿を消している。ハウスの外に出ると、玲子さんは、「お土産に持っていってね」とミョウガダケ(ミョウガの新芽)を刈っていた。笹藪だと思い込んでいた場所だ。
そして気づかされた。中村家のまわりは、ぜ〜んぶ菜園なのだ。園芸の花や野生の草と野菜との境目のない賑やかな菜園だ。
9月、中村家の菜園を再び取材した。景色はずいぶん変わっていた。行者にんにくの群生は雑草に覆われ、竹は伸び、ウドは立派な木になっていた。そして、まるで青果店のように色々な野菜を目にすることになった。なす、きゅうりを筆頭に、ピーマン、ししとう、しそ、エゴマ、パプリカ、ゴーヤ、ほおずき、豆、ねぎと、数え上げるときりがない。白菜やちんげん菜といった冬野菜の栽培も始めていた。
さて、トマトの出来はどうだろか。
「孫たちが大好きで、喜んで食べていましたよ」と昭一さんは言うが、この時はすでに収穫期を過ぎていて、取材チームは味わうことができなかった。残念だ。
菜園では、人と人との絆も感じる。いちじくは、故・永田照喜治さん(健菜俱楽部元顧問)の庭にあった木を挿し穂・挿し木で引き継いだものだ。地域の生産者同士で、珍しい種やおすすめの野菜の苗が行ったり来たりもする。
改めてその豊かさ、美しさが胸を打つ。
それにしても、これらの手入れはどれほどたいへんなことだろう。
「放っておいたら、藪におおわれてしまうからね」と昭一さんは言い、玲子さんは、「体が動かせるのも今のうち。雪が積もったら、炬燵でテレビの番人をするしかないもの」と飄々としたものだった。頭が下がる。
おそらく、ふたりは今日も色々な作業に精を出しているに違いない。菜園の姿はどう変わっているのだろう。
きゅうりの専門農園を滋賀県野洲市に訪ねた。 会ったのは「おいしい」だけでは足りないという生産者だ。 ...
わが家の「めでたきもの」 「葡萄」という漢字が好きです。エキゾチックだし、「葡萄唐草」という古来の...
農業従事者の高齢化には歯止めがかかりません。でも、産地ではいきいきと作業する若い人に出会うことも...
夏の農作業は土づくりが中心です。収穫後のトウモロコシの畑では葉や茎を漉き込んで緑肥に。化成肥料は...