健菜通信:今月の特集

次代の若夫婦が加わった朗らかな農園 / 鹿児島県阿久根市・まつき農園を訪ねて

2012年05月26日

健菜倶楽部のかぼちゃは、生産者によって、個性が違う。
まもなくお届けが始まる松木幸市さんの「くり将軍」は、ポクポクとして甘い。
今回は、その伸びやかな農園と生産者たちを紹介します。

「こういう葉っぱを育てなきゃならないんだよね」と松木幸市さんが掲げたたかぼちゃの葉は、見事なまでのじょうご型。逆円錐形に立ちあがった肉厚の葉は、鋭いトゲが密生して素手では触れない。
「おなごんし(女たち)は、トゲで顔に傷がつくからたいへんだけど、男はひげそりがいらなくなるよ」
 畑を案内する幸市さんの口からは、冗談が次々に出て来る。その度に笑い声が起こる。笑っているのは妻の千夜子さん、甥の川崎猛さんと万里さん夫婦、それに従業員たちも笑いの輪に加わり、冗談の応酬になる。その足もとに犬がまつわりつく。

 まつき農園は、朗らかな農園だ。
 働く人が明るくて賑やかな農園である。ここで、健菜倶楽部のためにかぼちゃとグリーンピースが栽培されている。取材に訪れたのは昨年の5月中旬。グリーンピースの収穫が終盤にさしかかり、かぼちゃの収穫まで1か月というタイミングだった。
 南向き傾斜地に開かれた伸びやかな園地には、太陽の光が大量に降り注いでいた。下方に脇本湾の海岸、東には標高1000メートルを超す紫尾山が見えている。土は、銅色の赤土と粘土質の土が混じり、水持ちと水はけのバランスがいい。その上を微かに潮の香りがする風が吹き抜けていく。

ホクホクと完熟させる

 もともと豆類の名産地だが、幸市さんは数年前からかぼちゃの「くり将軍」という人気品種の栽培を始めた。温暖な鹿児島では、それを全国に先がけて栽培することができる。
 まつき農園では、2月に苗の定植を行う。畝間にわらを敷き、地温が下がり過ぎるのを防ぐ。苗の成長はゆっくりだが4月には花が咲き、ミツバチが交配してくれる。着果後にかぼちゃの玉伸びが始まると、光をまんべんなく当てるためと土焼け防止のため、玉を回しながら一個ずつクッションをあてがう。手間は惜しまない。
 春の冷涼な気候の中でゆっくりと実は太る。一方で陽射しは十分に強く、葉が活発な光合成を行い、かぼちゃに養分が凝縮する。

 通常は着果から50〜55日で収穫をするが、幸市さんはなかなか「穫ろう」と指示を出さず、完熟を見極める。だから収穫直後でも、糖度は10度を超え、少し時間を置くと、糖化が進んでさらに甘みが高くなる。「わたしは農業をやっていてよかったと思う。野菜は手間をかければ、ちゃんと応えてくれるからね」と幸市さんは言う。
 もちろん苦労はある。
「強風で庭にあった一斗缶が畑まで飛んだ時も辛かったね」と猛さん。その年の春一番は苗のトンネル(覆い)を、支柱ごと吹き飛ばしたという。
「年によっては霜が降りることだってある。昔、一晩中、たき火をして豆の畑を温めたことがあったわ」と千夜子さんは言う。
 このように数え上げていくと、きりがない。「農業っていうのはさ、自然との戦いだからね。風が吹く。雨が降る。霜が降りる。この自然とどう付き合うかが、いちばん難しい。でもだから面白い」と幸市さんは言うのだった。

ゆとりのある農業を目標に

 そんな幸市さんだが、若い頃は農業を継ぐのが嫌で5回も家出し、東京や大阪で働いたという。
「2回は親に連れ戻された。3回はお金が尽きて自分で帰った。親父に『お前は、鶏のカッツ(かしら)になりたいのか、ゾウ(牛ではなくて)のしっぽになりたいのか』と言われて、年貢を納めたんだ」
 そして、千夜子さんとの結婚が幸市さんを変えた。頑張ろうという欲が出た。子どもが生まれると、いい意味で「ゆとりのある農業」をスローガンに掲げた。「ゆとりのある農業」というのは、金銭面のこともあるし、休日が取れること、農作業を楽しく続けていけること。そのため品質の高い野菜を作るだけではなく、それを認めて買ってもらえるように販売にも力を入れた。農機具の購入や園地の整備のために、借金をしながら軌道に乗せてきた。そうして「農業をやってきてよかった」としみじみと思ったのは10年ぐらい前からだ。

 「昨日は大潮だったから、みんなで海岸に行って、たくさん貝を採ってきたのよ」と千夜子さんは言う。
 そんな農園には、さらに明るい話題がある。それは、農園の近くに住み、幼い頃は毎日のように農園に遊びに来ていた甥の猛さんが、「松木さん夫婦の農業を継ぐ」と手を挙げて、都会からUターンしてきたことだ。しかも、万里さんというお嫁さんまで連れてきた。
 万里さんは農業経験がなく、畑を飛ぶミツバチが作物の交配をしてくれることも初めて知ったほどだ。
「2人は伸びるよ。いいものを作ろうという欲があるからね」と幸市さんは予言する。
 次回訪れた時、若い2人はどのように成長しているだろうか。それを楽しみに別れを告げた取材チームは、幸市さんの大きな声で送り出された。

「ではまた明日、いらっしゃい」

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