目指すは、自然の一部となる農業。 稔るのは、からだが欲する健やかさ / 新潟県吉川町・健菜米栽培農家を訪ねて

本当においしい米とは...? 安全、安心な米作りを通して、健菜米生産者たちが目指すのはどんな米なのでしょう。今年も、田植えシーズンの吉川を取材しました。

 新潟県吉川地区は、東京から300キロほど離れた静かな山村。ブナの深い森が、村全体を包んでいる。
 健菜米コシヒカリが育まれるのは、この豊かな自然の中だ。永田農法に賛同する名人たちによって、日本一と名高い米は作られている。
 今年は春のおとずれが遅く、雪が完全に消えたのはゴールデンウィーク直前。農作業も例年よりやや遅いスタートとなり、取材チームが訪れた6月はじめにも、まだ少し、田植えを残す人がいたくらいだった。

自然のぬくもりを感じる土

 5月末にほぼ田植えを終えた中村昭一さんも、1枚の田んぼを残していた。「昔ながらの田植えを体験してみませんか」とのお誘いに、私たちは急遽、手植え体験をすることになった。
 長靴を履いて田んぼに入ると、やわらかい作土にあっという間に足が沈む。よく耕された土は、粘土質で粒子が細かく、とろとろとして気持ちいい。そして太陽の熱が水に溶けこんで、なんともいえないあたたかさだ。
 その土に、苗を2〜3本ずつ植えていく。この苗は稀にみる極上品。成育がよく揃っていて、ひっくり返すと、細かい根がスポンジのようにびっしり張りめぐる。
「苗半作といって、苗の質はその後の成長に大きく影響しますからね」という中村さんは、理想的な苗を前に誇らしげだ。
 機械化前は、7、8人で3日もかかった田植え。農作業の合間には、弁当を広げて小昼を食べ、寸暇を惜しんで作業したという。

すべてが健やかであるために

 手植え体験からわかったことは、土のぬくもりと、間近に見える生き物たち。農業は自然とともにある仕事なのだと、いまさらながら実感する。
「いまの農業は何でも思い通りにコントロールしようとして、農薬を撒き、肥料をやって、やっと成り立っているのが普通です。でも人間だけが、自然を思い通りにできるなんてことはない」と、中村さんは静かに語り始めた。
 農薬と肥料で収穫量は増えても、その米はどんどん自然から離れたものになってしまう。はたしてそれが、食べ物としてあるべき姿なのか...? 永田農法に出会う以前、中村さんの中にはいつしかそんな考えが沸き上がっていた。
「私たちは自然におすそわけをしてもらっている。だから、欲張るだけではいけない。自然に沿った農業をめざしていたら、永田農法に行き着きました」

 生き物や自然環境だけでなく、作る人も、食べる人も、壮大な食物連鎖の一部。すべての健やかさを実現するために、余計な農薬も肥料も極限まで使わない。永田米研究会のメンバーは、そのために勉強を繰り返し、知識と意識を共有してきた仲間だ。
 そして1年の結果として、秋には極上の旨い米が稔る。それは、自然のままの米本来がもつ味わいだ。
「おいしいと言っていただけることは、私たちの取り組みを評価されているのと一緒。うれしいことですね」と中村さん。
 そしてただおいしいだけではなく、体が自然に欲するような、安全で栄養価の高い米作りを目指すというのが、ここ数年の目標でもある。

独自の工夫で競い合う旨さ

 目標を同じくする永田米研究会のメンバーは、現在総勢30名ほど。それぞれ個性的な生産者で、どの田んぼも等しく健やかだ。
 たとえば、明るい人柄でみなの信頼も厚い、研究会会長の中嶋巌さん。田の水源は尾神岳の水。水の神が宿ると信じられてきた山は、ブナの原生林に覆われ、清冽で、ミネラル豊富な水をもたらしてくれる。
 環境の大切さを知る中嶋さんは、会長として減農薬・減肥料の指針を定め、いまでは慣行栽培の9割減という脅威の数値を打ち出している。これにみんながついて来られたのは、勉強会と、それぞれの熱心な研究の成果だ。
 中村高二さんの棚田は、山に囲まれ、穏やかな日差しが降り注ぐ箱庭のよう。水源も独自で山から引き、ほかからの影響を一切受けない、小さく完結した世界。まるで桃源郷のような景観だ。

 高二さんの田んぼは、植え付けにひと工夫ある。研究会メンバーは全員、苗の間隔を一般より広くしているが、高二さんはさらに5列に1列は苗を植えず、光と風の通りをよくしている。
「収穫量は減りますが、こうすると整粒(実の詰まった粒)の率が高くなる。旨い米だけがとれます」とのこと。風の通り道ができるため、病気の発生も防げて、一石二鳥だ。
 メンバー独自の工夫をあげていくとキリがないのだが、みんなに共通するのは、目先の収穫量を追わず、健やかな米作りに徹すること。
 自分たちの信じる米作りを極め、今年は、どんな結果を稔らせてくれるのだろう。新米に切り替わる10月が、楽しみでならない。

永田農法・健菜米コシヒカリ


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