強い風がバタバタと服をはためかせ、電線をうねらせる。しばらく動かずにいるだけで、歯はガチガチと鳴りはじめる。真冬の川崎智信さんの園地はいつもそう。この寒さが、おいしい野菜を育んでくれる。
川崎さんの園地は愛知県豊川市と豊橋市に点在する。キャベツ、白菜などを栽培する川崎さんは、その道では一目置かれる有名人だ。
「いろいろな方が視察に来たり、他の産地に呼ばれてアドバイスに行ったりすることもあります。人と関わるのは楽しいですよ。ある時は、苗作りを見てほしいと何日も泊まりがけで呼ばれて、育苗ハウスで一晩中語り明かしたりね」
苗を見守りながら語るのは、もちろんキャベツや白菜の話題。そして同じように、私たちにも楽しげにいろいろなことを教えてくれる。川崎さんの話からは、農業が好きという気持ちが溢れている。次々に話題が飛び出して、止まるところを知らないのだ。
「僕は昔から、とくに育苗にはこだわりました。普通の人が見たらちょっと異常なくらいかも」と川崎さんは笑う。
「苗半作」という言葉通り、苗の良し悪しはその後の生育に大きく影響する。丈夫な苗は、根が栄養をよく吸い上げて、台風や病気にめげない。
「試行錯誤の末、粉ミルクを与えたこともありました。粉ミルクの成分は微量要素が豊富で、野菜の赤ちゃんにもぴったりの栄養なんです」
いまは土のメーカーに依頼して、粉ミルクの成分を入れた、特注の育苗用土を作ってもらっているそうだ。
川崎さんは、かなりの凝り性だ。育苗用土は序の口で、肥料はもちろん、品種も、自ら働きかけ、新しいものを作ってもらうという。
「僕が作る甘玉キャベツは、どこに出しても恥ずかしくない、いいキャベツだと自負しています。でも収穫期間が短く、1月までが限界です。春になれば、春キャベツがまたおいしいですけれど、その間を繋ぐいい品種がなかった。だから種やさんに依頼して、作ってもらったんです」
冬、一般に流通するキャベツは、固い葉の寒玉系の品種が主流。日持ちがいいのだが、川崎さんはその味に納得いかなかった。
「同じ糖度なら、固いより柔らかいほうが甘く感じます。固い葉では、おいしさが半減してしまうんですね」
そこで自分が一番と思う、甘玉に近い品種作りを依頼。数年の歳月を経て、「銀次郎」という品種が生まれた。
「他の産地に行けば、もっとよい品種はあるかもしれません。でも、僕の畑に合う品種でなければならなかった。品種によって、土地に合う合わないがありますから」
「このあたりはいろいろな土目の土地があって、場所によって適した野菜が違います。土が違えば育て方も変わる。例えば白菜は、保湿力も保温力もある粘土質の土地では直播き、水はけのよいガラガラの土地では苗植えで栽培しています」
じゃあここは苗植えですね?と目の前の白菜畑についてたずねてみた。普通、直播きから間引きすると、隣り同士で優劣がついて玉が不揃いになるが、ここは列がきれいに揃っているからだ。
「ふふふ。ここは直播き。よく揃っているのは間引きの腕だよ」
川崎さんは、ていねいで正確な間引きをすることによって、最初から狙って植えたような株間を作る。プロが見ても、見間違えるくらいに。
その株間にはゆとりがある。だから白菜もキャベツもどっしり。白菜は置くと自立できるくらいに、胴が張っている。
「株間が広いと外葉がよく広がるので、光合成をしやすくなります。栄養を蓄えた、おいしい野菜が育つんですよ」
「僕にとっては、野菜のための手間は全く苦ではありません。手間を惜しむと結果が伴いませんから。いまは肥料の値段が上がっているから、肥料頼みの農家は辛いでしょう。健康な野菜は、肥料も農薬もほとんどいらない。おかげで、無駄にお金をかけずに、おいしい野菜を作ってこれました」
いま、化成肥料が高騰している。原因は中国が主産地のリン酸の供給不足。肥料頼みの農家は、痛い。
「野菜の値段って、昔からそれほど変わっていないんですよ。個人の収入も物価も上がっているのに、です。だから、僕らが子どものころはエンゲル係数がもっと高かったはず。食べ物に、もっとお金をかけていたんです。昔の人は、生きるのに一番大事なのは、食べることだと分かっていたのでしょうね」
安さに慣れてくると、本当の価値に気づかなくなってしまう。一番大事なことは何か、改めて考えなおさなければならない時代になったのかもしれない。
「僕は常々、作り手の思いを、食べる人に繋げたいと思ってきました。こうして紹介してもらえる機会があってよかった。これからも、選んでくれる方々の思いにつながるような野菜を作ります!」
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